講孟余話 / 告子下 第八章
本文有王者作ノ四字、眼ヲ付テ見ルヘシ、王者勃興ノ勢、沛然トシテ誰カ能ク之ヲ禦カン、中々書生紙上ノ常理常勢ヲ執テ論スカンヤ、且見ヨ近古織田豐臣德川三氏ノ如キ、固ヨリ未タ王者ヲ以テ論シ難ケレトモ、其大国ヲ削リ强国ヲ除クコト、意想ノ及フ所ニ非ス、况ヤ王者古制ト大義トヲ以テ、無道不義ヲ正スニ於テヲヤ、何ソ其爲シ難キヲ疑ンヤ、教民トハ民ニ礼義ヲ教ヘ上ヲ親ミ長ニ死スルノ義ヲ知ラシメ、又戰鬪軍旅ノ法ヲ習スコトナリ、是已ニ庶ニシテ又冨ナル上ノ教也、而シテ其教ナル者ハ、又皆人君躬行実踐ノ餘ヨリ流出セサルハナシ、故ニ一章ノ結尾ニ至テ、乃チ云ク、君子之事君也、務引其君以當道、志於仁而已ト、人君已ニ道ニ當リ仁ニ志ス時ハ、躬行実踐日ニ益々著明ニシテ、國中ニ遍シ、然ル後教ヲ施ス、教至ラサルコトナシ、是則此章言外ノ意、當ニ思テ得ヘキ也、君ヲ引道ニ當ツルノ義離婁上篇第二十章ト合セ攷フヘシ
新字:本文有王者作ノ四字、眼ヲ付テ見ルヘシ、王者勃興ノ勢、沛然トシテ誰カ能ク之ヲ禦カン、中々書生紙上ノ常理常勢ヲ執テ論スカンヤ、且見ヨ近古織田豊臣徳川三氏ノ如キ、固ヨリ未タ王者ヲ以テ論シ難ケレトモ、其大国ヲ削リ強国ヲ除クコト、意想ノ及フ所ニ非ス、況ヤ王者古制ト大義トヲ以テ、無道不義ヲ正スニ於テヲヤ、何ソ其為シ難キヲ疑ンヤ、教民トハ民ニ礼義ヲ教ヘ上ヲ親ミ長ニ死スルノ義ヲ知ラシメ、又戦闘軍旅ノ法ヲ習スコトナリ、是已ニ庶ニシテ又冨ナル上ノ教也、而シテ其教ナル者ハ、又皆人君躬行実践ノ余ヨリ流出セサルハナシ、故ニ一章ノ結尾ニ至テ、乃チ云ク、君子之事君也、務引其君以当道、志於仁而已ト、人君已ニ道ニ当リ仁ニ志ス時ハ、躬行実践日ニ益々著明ニシテ、国中ニ遍シ、然ル後教ヲ施ス、教至ラサルコトナシ、是則此章言外ノ意、当ニ思テ得ヘキ也、君ヲ引道ニ当ツルノ義離婁上篇第二十章ト合セ攷フヘシ
書き下し
本文「王者作る有らば」の四字、眼を付けて見るべし。王者勃興の勢、沛然として誰か能く之を禦がん。中々書生紙上の常理常勢を執りて論ずべけんや。且つ見よ近古織田・豊臣・徳川三氏の如き、固より未だ王者を以て論じ難けれども、其の大国を削り強国を除くこと、意想の及ぶ所に非ず。況んや王者古制と大義とを以て、無道不義を正すに於てをや。何ぞ其の為し難きを疑はんや。教民とは民に礼義を教へ上を親しみ長に死するの義を知らしめ、又戦闘軍旅の法を習はすことなり。是れ已に庶にして又富なる上の教なり。而して其の教なる者は、又皆人君躬行実践の余より流出せざるはなし。故に一章の結尾に至りて、乃ち云く、「君子の君に事ふるや、務めて其の君を引きて以て道に当て、仁に志さしむるのみ」と。人君已に道に当り仁に志す時は、躬行実践日に益々著明にして、国中に遍し。然る後教を施す、教至らざることなし。是れ則ち此の章言外の意、当に思ひて得べきなり。君を引きて道に当つるの義、離婁上篇第二十章と合せ攷ふべし。
現代語訳
本文の「王者作る有らば(王者が起こったなら)」の四字に目をつけて見るべきである。王者が勃興する勢いは、盛んで、誰がこれを防げようか。とても書生が紙の上の常識的な道理や勢いで論じられるものではない。しかも見よ、近い時代の織田・豊臣・徳川の三氏は、もとより王者とは論じがたいが、大国を削り強国を除いたことは、思いも及ばないほどであった。まして王者が古の制度と大義によって、無道・不義を正すなら、なおさらである。どうしてそれが難しいと疑おうか。「民を教える」とは、民に礼義を教え、上に親しみ、長のために死ぬ義を知らせ、また戦闘や軍の法を習わせることである。これはすでに人口が増え、さらに豊かになった上での教えである。そしてその教えというものは、みな君主が自ら身をもって実践したところから流れ出ないものはない。だから一章の結びに至って、「君子が君に仕えるのは、努めてその君を導いて道にかなわせ、仁に志させることだけである」と言う。君主がすでに道にかない仁に志せば、身をもって行う実践は日に日にますます明らかになり、国じゅうに行き渡る。そのうえで教えを施せば、教えの届かないところはない。これがこの章の言外の意味で、よく考えて悟るべきである。君を導いて道にかなわせる意味は、離婁上篇第二十章と合わせて考えるべきである。
解説
この章句が説くこと
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