夜船閑話 / 序
妄想の功果つもらば、一身の元氣いつしか腰脚足心の間に充足して、臍下瓠然たること、いまだ篠打ちせざる鞠の如けん。恁麼に單々に妄想し將ち去て、五日七日乃至二三七日を經たらむに、從前の五積六聚、氣虛勞役等の諸症底を拂て平癒せずんば、老僧が頭を切り持ち去れ。
新字:妄想の功果つもらば、一身の元気いつしか腰脚足心の間に充足して、臍下瓠然たること、いまだ篠打ちせざる鞠の如けん。恁麼に単々に妄想し将ち去て、五日七日乃至二三七日を経たらむに、従前の五積六聚、気虚労役等の諸症底を払て平癒せずんば、老僧が頭を切り持ち去れ。
書き下し
妄想の功果つもらば、一身の元気いつしか腰脚足心の間に充足して、臍下瓠然たること、いまだ篠打ちせざる鞠の如けん。恁麼に単々に妄想し将ち去て、五日七日乃至二三七日を経たらむに、従前の五積六聚、気虚労役等の諸症底を払て平癒せずんば、老僧が頭を切り持ち去れ。
現代語訳
思い描く功が積もれば、全身の元気がいつのまにか腰脚と足の裏の間に満ちて、臍の下は瓢箪のようにふくらみ、まだ竹で打って柔らかくしていない鞠のように張りつめるだろう。このように、ひたすらに思い描き続けて、五日、七日、あるいは二十一日たっても、これまでの腹のしこりや、気の衰え、疲労などの諸症状が根こそぎ治らなかったなら、この老僧の首を切って持って行け。
解説
効果を具体的な日数で示し、治らなければ首をやると言い切る。禅僧らしい極端な言い回しだが、それだけ実践の効果に確信があったということだ。臍下がふくらみ張りつめるという描写は、腹式の深い呼吸によって下腹部に力が満ちる感覚を表している。五日、七日、二十一日と段階を示しているのも、すぐに結果を求めず続けることを促す工夫である。自分が勧める方法に、ここまで責任を持てるかを問われる一句だ。
この章句が説くこと
実践確信継続丹田効果覚悟
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