後世への最大遺物 / 第二回・来年また会うときまでに
まことに私の言葉が錯雑しておって、かつ時間も少くございますから、私の考えをことごとく述べることはできない。しかしながら私は今日これで御免をこうむって山を降ろうと思います。それで来年またふたたびどこかでお目にかかるときまでには少くとも幾何の遺物を貯えておきたい。この一年の後にわれわれがふたたび会しますときには、われわれが何か遺しておって、今年は後世のためにこれだけの金を溜めたというのも結構、今年は後世のためにこれだけの事業をなしたというのも結構、また私の思想を雑誌の一論文に書いて遺したというのも結構、しかしそれよりもいっそう良いのは後世のために私は弱いものを助けてやった、後世のために私はこれだけの艱難に打ち勝ってみた、後世のために私はこれだけの品性を修練してみた、後世のために私はこれだけの義侠心を実行してみた、後世のために私はこれだけの情実に勝ってみた、という話を持ってふたたびここに集まりたいと考えます。
書き下し
まことに私の言葉が錯雑しておって、かつ時間も少くございますから、私の考えをことごとく述べることはできない。しかしながら私は今日これで御免をこうむって山を降ろうと思います。それで来年またふたたびどこかでお目にかかるときまでには、少くとも幾何の遺物を貯えておきたい。この一年の後にわれわれがふたたび会しますときには、われわれが何か遺しておって、今年は後世のためにこれだけの金を溜めたというのも結構、今年は後世のためにこれだけの事業をなしたというのも結構、また私の思想を雑誌の一論文に書いて遺したというのも結構、しかし、それよりもいっそう良いのは、後世のために私は弱いものを助けてやった、後世のために私はこれだけの艱難に打ち勝ってみた、後世のために私はこれだけの品性を修練してみた、後世のために私はこれだけの義侠心を実行してみた、後世のために私はこれだけの情実に勝ってみた、という話を持ってふたたびここに集まりたいと考えます。
現代語訳
まことに私の話は入り組んでいて、時間も少ないので、自分の考えをすべて述べることはできません。しかし私は今日これで失礼して山を降りようと思います。来年またどこかでお目にかかるときまでには、せめていくらかの遺物を蓄えておきたい。一年後に再び会うときには、私たちが何かを遺していて、今年は後世のためにこれだけの金を溜めたというのも結構、今年は後世のためにこれだけの事業をなしたというのも結構、自分の思想を雑誌の論文一本に書いて遺したというのも結構。しかしそれよりもっとよいのは、後世のために私は弱い者を助けてやった、後世のために私はこれだけの苦難に打ち勝ってみた、後世のために私はこれだけの品性を鍛えてみた、後世のために私はこれだけの義侠心を実行してみた、後世のために私はこれだけのしがらみに勝ってみた、という話を持って、再びここに集まりたいと思います。
解説
この章句が説くこと
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老子・第20章学を絶てば憂い無し。唯と阿と、相去ること幾何ぞ。善と悪と、相去ること若何。人の畏るる所は、畏れざるべからず。荒としてそれ未だ央きざるかな。衆人は熙熙として、太牢を享くるが如く、春に台に登るが如し。我れ独り泊としてそれ未だ兆さず、嬰児の未だ孩わざるが如し。儽儽として帰する所無きが若し。衆人は皆な余り有るに、我れ独り遺れたるが若し。我れは愚人の心なるかな、沌沌たり。俗人は昭昭たるに、我れ独り昏昏たり。俗人は察察たるに、我れ独り悶悶たり。澹としてそれ海の若く、飂として止まる所無きが若し。衆人は皆な以うる有るに、我れ独り頑にして鄙に似たり。我れ独り人に異なりて、母に食わるるを貴ぶ。
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『墨子』魯問魯の南鄙の人に吳慮なる者有り。冬は陶し夏は耕して、自ら舜に比す。子墨子、聞きて之に見ゆ。吳慮、子墨子に謂う、「義のみ、義のみ。焉んぞ之を言うを用いんや」と。子墨子曰く、「子の所謂る義なる者は、亦た力有りて以て人を勞し、財有りて以て人に分かつか」と。吳慮曰く、「有り」と。子墨子曰く、「翟、嘗て之を計れり。翟、耕して天下の人に食わしめんことを慮る。盛んにして、然る後に一農の耕に當たる。諸を天下に分かたば、人ごとに一升の粟をも得る能わず。藉りて以て一升の粟を得と為すも、其の天下の饑を飽かしむる能わざるは、既に睹る可し。
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尚書・君陳凡そ人、未だ聖を見ざれば、克く見ざるが若く、既に聖を見れば、亦た聖に由ること克わず。
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孟子・盡心章句下孟子曰く、「仁なる者は、人なり。合せて之を言えば、道なり。」
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