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講孟余話 / 告子下 第二章

又武士道ヲ以テ考フヘシ、武士タル所ハ国ノ爲ニ命ヲ惜マヌコトナリ、弓馬力槍銃礮ノ技藝ニ非ズ、國ノ爲メニ命サヘ惜マネハ、技藝ナシト云トモ、武士ナリ、技藝アリト云トモ、国ノ爲メニ命ヲ惜ムハ武士ニ非ス、然トモ武士ノ武士タル所ヲ知ル上ハ技藝固ヨリ捨ツヘキニ非ス、記誦詞章モ亦斯ノ如シ、俗学者記誦詞章ヲ以テ一大事トス、是ヲ以テ人ノ人タル所トス、其極メ、是ヲ以テ自ラ誇、世ニ街ヒ、孝弟仁義何物タルヲ知ラサルニ至ル、迂儒者其如是ヲ憂ヒ、遂ニ記誦詞章ヲ惡ミ、人心ヲ害スルト云テ、異端邪說ニ比シ、靜坐默識枯禪トナラサレハ学問ト思ハサルニ至ルナリ、二ツノ者皆一偏ニシテ聖学ニ非ス、唯夫、人ノ人タル所ヲ知テ主本トシ、旁ラ記誦詞章ヲ玩テ技藝トスルハ眞ノ君子ナルヘシ、猶眞ノ武士ノ國ノ爲ニ命ヲ惜マサルノ膽アリテ、又武藝ニ長スルカ如シ、論語述而ニ志於道、拠於德、依於仁、游於藝、ト云是ナリ、藝トハ礼樂射御書数ノコトニテ、即チ文ノ記誦詞章、武ノ弓馬刀槍礮銃ノコトト知ルヘシ、

新字:又武士道ヲ以テ考フヘシ、武士タル所ハ国ノ為ニ命ヲ惜マヌコトナリ、弓馬力槍銃礮ノ技芸ニ非ズ、国ノ為メニ命サヘ惜マネハ、技芸ナシト云トモ、武士ナリ、技芸アリト云トモ、国ノ為メニ命ヲ惜ムハ武士ニ非ス、然トモ武士ノ武士タル所ヲ知ル上ハ技芸固ヨリ捨ツヘキニ非ス、記誦詞章モ亦斯ノ如シ、俗学者記誦詞章ヲ以テ一大事トス、是ヲ以テ人ノ人タル所トス、其極メ、是ヲ以テ自ラ誇、世ニ街ヒ、孝弟仁義何物タルヲ知ラサルニ至ル、迂儒者其如是ヲ憂ヒ、遂ニ記誦詞章ヲ悪ミ、人心ヲ害スルト云テ、異端邪説ニ比シ、静坐黙識枯禅トナラサレハ学問ト思ハサルニ至ルナリ、二ツノ者皆一偏ニシテ聖学ニ非ス、唯夫、人ノ人タル所ヲ知テ主本トシ、旁ラ記誦詞章ヲ玩テ技芸トスルハ真ノ君子ナルヘシ、猶真ノ武士ノ国ノ為ニ命ヲ惜マサルノ胆アリテ、又武芸ニ長スルカ如シ、論語述而ニ志於道、拠於徳、依於仁、游於芸、ト云是ナリ、芸トハ礼楽射御書数ノコトニテ、即チ文ノ記誦詞章、武ノ弓馬刀槍礮銃ノコトト知ルヘシ、

書き下し

又武士道を以て考ふべし。武士たる所は国の為に命を惜しまぬことなり。弓馬刀槍銃砲の技芸に非ず。国の為めに命さへ惜しまねば、技芸なしと云へども、武士なり。技芸ありと云へども、国の為めに命を惜しむは武士に非ず。然れども武士の武士たる所を知る上は技芸固より捨つべきに非ず。記誦詞章も亦斯くの如し。俗学者記誦詞章を以て一大事とす。是を以て人の人たる所とす。其の極み、是を以て自ら誇り、世に衒ひ、孝弟仁義何物たるを知らざるに至る。迂儒者其の是くの如きを憂ひ、遂に記誦詞章を悪み、人心を害すると云ひて、異端邪説に比し、静坐黙識枯禅とならざれば学問と思はざるに至るなり。二つの者皆一偏にして聖学に非ず。唯夫れ、人の人たる所を知りて主本とし、旁ら記誦詞章を玩びて技芸とするは真の君子なるべし。猶ほ真の武士の国の為に命を惜しまざるの胆ありて、又武芸に長ずるが如し。論語述而に「道に志し、徳に拠り、仁に依り、芸に游ぶ」と云ふ是れなり。芸とは礼楽射御書数のことにて、即ち文の記誦詞章、武の弓馬刀槍砲銃のことと知るべし。

現代語訳

また武士道によって考えるべきである。武士が武士である理由は、国のために命を惜しまないことであって、弓・馬・刀・槍・鉄砲の技芸ではない。国のために命さえ惜しまなければ、技芸がなくても武士である。技芸があっても、国のために命を惜しむ者は武士ではない。しかし武士の武士たるところを知ったうえでは、技芸はもちろん捨てるべきではない。暗記や詩文もまたこれと同じである。俗な学者は暗記や詩文を一大事とし、これを人が人である理由とする。その果てには、これで自ら誇り、世に見せびらかし、孝・悌・仁・義が何であるかも知らなくなる。融通のきかない儒者はそれを憂えて、ついには暗記や詩文を憎み、人の心を害すると言って異端邪説になぞらえ、静坐して黙って悟る枯れた禅のようにならなければ学問とは思わなくなる。二つとも偏っていて聖人の学問ではない。ただ、人が人である理由を知って根本とし、そのかたわら暗記や詩文を楽しんで技芸とする者こそ、真の君子であろう。ちょうど真の武士が、国のために命を惜しまない胆力を持ち、そのうえ武芸にも長じているようなものである。『論語』述而に「道に志し、徳に拠り、仁に依り、芸に遊ぶ」と言うのがこれである。芸とは礼・楽・射・御・書・数のことで、すなわち文でいえば暗記や詩文、武でいえば弓・馬・刀・槍・大砲・鉄砲のことと知るべきである。

解説

松陰は武士道に譬えて、根本と技芸の関係をさらに明快にします。武士の本質は国のために命を惜しまぬことで、武芸の腕前ではない。しかし本質を知った上なら武芸も捨ててはならない。学問も同じで、知識や文章を誇って人の道を忘れる俗学者も、知識を嫌って黙想ばかりの学者も偏っている。根本を立てたうえで技芸を楽しむのが君子だ、と『論語』の「芸に游ぶ」で結びます。芯と技の両方を、主従を間違えずに持つ。仕事にも学びにもそのまま当てはまる考え方です。

この章句が説くこと

武士道技芸根本君子偏り

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