易経 / 蠱卦
幹父之蠱,意承考也。 幹母之蠱,得中道也。 幹父之蠱,終无咎也。 裕父之蠱,往未得也。 幹父用譽,承以德也。 不事王侯,志可則也。
新字:幹父之蠱,意承考也。 幹母之蠱,得中道也。 幹父之蠱,終无咎也。 裕父之蠱,往未得也。 幹父用誉,承以徳也。 不事王侯,志可則也。
書き下し
父の蠱を幹すとは、意考を承くるなり。母の蠱を幹すとは、中道を得るなり。父の蠱を幹すとは、終に咎无きなり。父の蠱を裕かにすとは、往くも未だ得ざるなり。父を幹して誉れを用うるとは、承くるに徳を以てするなり。王侯に事えずとは、志則るべきなり。
現代語訳
「父の残した乱れを立て直す」とは、亡き父の本当の志を受け継ぐことである。「母の残した乱れを立て直す」とは、中庸の道を得ることである。「父の残した乱れを立て直す」九三は、最後にはとがめがない。「父の残した乱れをゆるやかに見過ごす」とは、進んでもまだ得るところがないことである。「父の乱れを立て直して誉れを得る」とは、徳をもって受け継ぐことである。「王侯に仕えない」とは、その志が手本とするに足るということである。
解説
蠱の爻辞に象伝が理由を添えた部分です。蠱は前の代が残した乱れを立て直す卦で、初六の「父の蠱を幹す」を象伝は「意考を承くるなり」、つまり亡き父の形ではなく本当の志を受け継ぐことだと説きます。六五の誉れも「承くるに徳を以てするなり」とされ、受け継ぐ中身は徳だといいます。逆に乱れをゆるやかに見過ごす者は、進んでも得るところがありません。事業を引き継ぐとき、先代のやり方をそのまま守るのでも壊すのでもなく、その志を汲んで乱れを正すことが、後継者の務めです。
この章句が説くこと
継承志立て直し後継者徳
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