孫子 / 形篇
見勝不過衆人之所知,非善之善者也;戰勝而天下曰善,非善之善者也。故舉秋毫不為多力,見日月不為明目,聞雷霆不為聰耳。
新字:見勝不過衆人之所知,非善之善者也;戦勝而天下曰善,非善之善者也。故舉秋毫不為多力,見日月不為明目,聞雷霆不為聰耳。
書き下し
勝を見ること衆人の知る所に過ぎざるは、善の善なる者に非ず。戦い勝ちて天下善と曰うも、善の善なる者に非ず。故に秋毫を挙ぐるも多力と為さず、日月を見るも明目と為さず、雷霆を聞くも聡耳と為さず。
現代語訳
誰もが分かる勝ち方しか見えていないのは、最善ではない。戦って勝ち、世間から見事だと褒められるのも、最善ではない。細い毛を持ち上げられても力持ちとは言わない。太陽や月が見えても目がいいとは言わない。雷鳴が聞こえても耳がいいとは言わない。
解説
称賛される勝利を、孫子ははっきり格下と見た。誰の目にも分かる勝ち方は、それだけ危ない橋を渡ったということだからである。秋毫、日月、雷霆という三つのたとえは、誰でもできることを誇るなという皮肉であり、同時に、本当に優れた仕事は目立たないという指摘でもある。派手な逆転劇が語り草になる組織は、裏を返せば追い込まれる頻度が高い。褒められる回数と経営の質は、必ずしも一致しない。