講孟余話 / 告子上 第十六章
有天爵者、有人爵者、或云、天爵ハ公卿大夫ノ爵ナクシテ人ノ尊フヲ云、仁義忠信ノ人ハ、郷黨之ヲ敬シ、州閭之ヲ重ンス、又孔孟ノ如キ、一時ニ屈スト云トモ、千歲論定マルノ後ハ、堯舜禹湯抔ノ尊キ天子ト肩ヲ比ヘテ論ス、後世天子ト云トモ、孔孟ヲ以テ比スレハ、蹴然トシテ安ンセサルノ貌アリ、桀紂モ亦天子ナリ、今是ヲ以テ比スレハ、卑賤ノ士ト云トモ、艴然トシテ悅ハサルノ色アルカ如キ、是天爵人爵ノ別也、余云ク然ラス、他人ノ敬重シ後世ノ尊崇スル如キ、亦是人爵ノ類ノミ、樂善不倦ノ四字ヲ深ク味フベシ、本文云、仁義忠信、樂善不倦、此天爵也、他人ヘモ後人ヘモ拘ルコトニ非ズ、下章ノ旣飽以德、所以不願人之膏梁之味也、令聞廣誉施於身、所以不願人之文繡也、ヲ以テ此四字ノ味ヲ解シテ益々明ナリ、論語ニ一箪食、一瓢飮、在陋巷、人不堪其憂、回也不改其樂也雍也ト云ヒ、又飯疏食飮水、曲肱而枕之樂亦在其中矣、不義而富且貴、於我如浮雲述而ト云類ト義相通ス、皆己ニ樂ミテ倦マサル所アリテ、外物ノ貧富貴賤、吾心ノ損益ヲナスニ足ラサルヲ云ナリ、陸放翁ノ句ニ身因不仕尊ト云モ、詩人自ラ興ヲ寄スルノ語トハ雖トモ、亦借テ天爵ノ義ヲ解スヘシ、
新字:有天爵者、有人爵者、或云、天爵ハ公卿大夫ノ爵ナクシテ人ノ尊フヲ云、仁義忠信ノ人ハ、郷党之ヲ敬シ、州閭之ヲ重ンス、又孔孟ノ如キ、一時ニ屈スト云トモ、千歳論定マルノ後ハ、堯舜禹湯抔ノ尊キ天子ト肩ヲ比ヘテ論ス、後世天子ト云トモ、孔孟ヲ以テ比スレハ、蹴然トシテ安ンセサルノ貌アリ、桀紂モ亦天子ナリ、今是ヲ以テ比スレハ、卑賤ノ士ト云トモ、艴然トシテ悦ハサルノ色アルカ如キ、是天爵人爵ノ別也、余云ク然ラス、他人ノ敬重シ後世ノ尊崇スル如キ、亦是人爵ノ類ノミ、楽善不倦ノ四字ヲ深ク味フベシ、本文云、仁義忠信、楽善不倦、此天爵也、他人ヘモ後人ヘモ拘ルコトニ非ズ、下章ノ既飽以徳、所以不願人之膏梁之味也、令聞広誉施於身、所以不願人之文繍也、ヲ以テ此四字ノ味ヲ解シテ益々明ナリ、論語ニ一箪食、一瓢飲、在陋巷、人不堪其憂、回也不改其楽也雍也ト云ヒ、又飯疏食飲水、曲肱而枕之楽亦在其中矣、不義而富且貴、於我如浮雲述而ト云類ト義相通ス、皆己ニ楽ミテ倦マサル所アリテ、外物ノ貧富貴賤、吾心ノ損益ヲナスニ足ラサルヲ云ナリ、陸放翁ノ句ニ身因不仕尊ト云モ、詩人自ラ興ヲ寄スルノ語トハ雖トモ、亦借テ天爵ノ義ヲ解スヘシ、
書き下し
天爵有る者有り、人爵有る者有り。或ひと云く、天爵は公卿大夫の爵なくして人の尊ぶを云ふ。仁義忠信の人は、郷党之を敬し、州閭之を重んず。又孔孟の如き、一時に屈すと云へども、千歳論定まるの後は、堯舜禹湯などの尊き天子と肩を比べて論ず。後世天子と云へども、孔孟を以て比すれば、蹴然として安んぜざるの貌あり。桀紂も亦天子なり。今是を以て比すれば、卑賤の士と云へども、艴然として悦ばざるの色あるが如き、是れ天爵人爵の別なりと。余云く然らず。他人の敬重し後世の尊崇する如き、亦是れ人爵の類のみ。「善を楽しみて倦まず」の四字を深く味ふべし。本文に云ふ、「仁義忠信、善を楽しみて倦まず、此れ天爵なり」。他人へも後人へも拘ることに非ず。下章の「既に飽くに徳を以てす、人の膏梁の味を願はざる所以なり。令聞広誉身に施す、人の文繡を願はざる所以なり」を以て此の四字の味を解して益々明なり。論語に「一箪の食、一瓢の飲、陋巷に在り。人は其の憂ひに堪へず、回や其の楽しみを改めず」雍也と云ひ、又「疏食を飯ひ水を飲み、肱を曲げて之を枕とす、楽しみ亦其の中に在り。不義にして富み且つ貴きは、我に於て浮雲の如し」述而と云ふ類と義相通ず。皆己に楽しみて倦まざる所ありて、外物の貧富貴賤、吾が心の損益をなすに足らざるを云ふなり。陸放翁の句に「身は仕へざるに因りて尊し」と云ふも、詩人自ら興を寄するの語とは雖も、亦借りて天爵の義を解すべし。
現代語訳
「天から授かった爵位を持つ者がおり、人から与えられた爵位を持つ者がいる」。ある人は言う。天爵とは、公卿や大夫の位がなくても人に尊ばれることをいう。仁義忠信の人は、郷里の人々が敬い、町の人々が重んじる。また孔子や孟子のように、一時は不遇でも、千年たって評価が定まった後は、堯・舜・禹・湯のような尊い天子と肩を並べて論じられる。後世の天子でも、孔子や孟子と比べられれば、居心地悪そうにかしこまる。桀や紂も天子であるが、今これと比べられれば、身分の低い士でもむっとして喜ばない。これが天爵と人爵の違いだ、と。私は言う。そうではない。他人に敬われたり後世に尊ばれたりすることも、やはり人爵のたぐいにすぎない。「善を楽しんで倦まない」の四字を深く味わうべきである。本文は「仁義忠信、善を楽しんで倦まない、これが天爵である」と言う。他人にも後世の人にもかかわることではない。次の章の「徳に満ち足りているから、人のごちそうを願わない。よい評判が身に備わっているから、人の美しい衣を願わない」によってこの四字の味わいを解けば、いっそう明らかになる。『論語』の「一椀の飯、一杯の水で、狭い路地に住む。人はその苦しさに堪えられないが、顔回はその楽しみを変えない」(雍也)や、「粗末な飯を食べ水を飲み、肘を曲げて枕にする。楽しみはその中にもある。不義によって富み貴くなることは、私にとって浮雲のようなものだ」(述而)といった言葉と意味が通じる。どれも自分の内に楽しんで倦まないものがあって、外の貧富や貴賤が自分の心を損ねたり益したりするには足りないことを言っている。陸游の句に「身は仕えないことによって尊い」とあるのも、詩人が自分の興を寄せた言葉ではあるが、借りて天爵の意味を解いてよい。
解説
この章句が説くこと
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説苑・善說齊景公子貢に謂いて曰く、「子誰をか師とする。」曰く、「臣仲尼を師とす。」公曰く、「仲尼賢なるか。」對えて曰く、「賢なり。」公曰く、「其の賢たること何如。」對えて曰く、「知らざるなり。」公曰く、「子其の賢を知りて其の奚若たるを知らざるは、可ならんか。」對えて曰く、「今天高しと謂うに、少長愚智と無く皆高きを知る。高きこと幾何ぞや。皆知らずと曰う。是を以て仲尼の賢を知りて其の奚若たるを知らざるなり。」
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論語・子張篇子游曰く、吾が友張や、能くし難きことを為すなり。然れども未だ仁ならず。
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論語・憲問篇子曰く、『驥は其の力を称せず、その徳を称すなり。』
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論語・憲問篇子曰く、人の己を知らざるを患えず、其の能わざるを患う。
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