講孟余話 / 告子上 第十五章
二章同意ニシテ、前章ハ小ヲ以テ大ヲ失フ惑ヲ論シ、後章ハ其本ヲ論ス、耳目ノ官、心ノ官ハ役人ニ譬ヘテ云、心ハ主公ニシテ、耳目口鼻四体ハ夫々ノ下役人ナリ、主公トシテ却テ下役人ニ引廻サレテハ濟マサルコトナリ、唯主公確乎タレハ、下役人トモ決シテ引廻スコトハナラヌナリ、是修身ノ要ニシテ、即又治国ノ道ナリ、近來世ニ河豚ヲ嗜ム者衆シ、余頃ロ悪河豚說一篇ヲ著ス、謂ラク、是亦以小害大、以賤害貴、從其小體爲小人ノ道ナリト
新字:二章同意ニシテ、前章ハ小ヲ以テ大ヲ失フ惑ヲ論シ、後章ハ其本ヲ論ス、耳目ノ官、心ノ官ハ役人ニ譬ヘテ云、心ハ主公ニシテ、耳目口鼻四体ハ夫々ノ下役人ナリ、主公トシテ却テ下役人ニ引廻サレテハ済マサルコトナリ、唯主公確乎タレハ、下役人トモ決シテ引廻スコトハナラヌナリ、是修身ノ要ニシテ、即又治国ノ道ナリ、近来世ニ河豚ヲ嗜ム者衆シ、余頃ロ悪河豚説一篇ヲ著ス、謂ラク、是亦以小害大、以賤害貴、従其小体為小人ノ道ナリト
書き下し
二章同意にして、前章は小を以て大を失ふ惑を論じ、後章は其の本を論ず。耳目の官、心の官は役人に譬へて云ふ。心は主公にして、耳目口鼻四体は夫々の下役人なり。主公として却つて下役人に引き廻されては済まざることなり。唯主公確乎たれば、下役人ども決して引き廻すことはならぬなり。是れ修身の要にして、即ち又治国の道なり。近来世に河豚を嗜む者衆し。余頃ろ悪河豚説一篇を著す。謂へらく、是れ亦「小を以て大を害し、賤を以て貴を害し、其の小体に従ふを小人と為す」の道なりと。
現代語訳
この二章は同じ意味で、前の章は小さなもののために大きなものを失う迷いを論じ、後の章はその根本を論じている。耳目の働き、心の働きというのは、役人に譬えて言っているのである。心は主君で、耳・目・口・鼻・手足はそれぞれの下役人である。主君でありながら、かえって下役人に振り回されるのでは話にならない。主君さえしっかりしていれば、下役人どもが振り回すことは決してできない。これが身を修める要であり、またそのまま国を治める道でもある。近ごろ世間には河豚を好んで食べる者が多い。私は先ごろ「悪河豚説」一篇を書いた。思うに、これもまた「小さなもののために大きなものを損ない、卑しいもののために貴いものを損なう。小さな体(欲)に従う者を小人とする」という道である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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