碧巌録 / 第五十六則
君不見。玄沙有言兮。大丈夫先天為心祖。尋常以心為祖宗極則。這裏為什麼。却於天地未生已前。猶為此心之祖。若識破這箇時節。方識得關中主。的的分明箭後路。若要中的。箭後分明有路。且道作麼生是箭後路。也須是自著精彩始得。大丈夫先天為心祖。玄沙常以此語示眾。此乃是歸宗有此頌。雪竇誤用為玄沙語。如今參學者。若以此心為祖宗。參到彌勒佛下生。也未會在若。是大丈夫漢心猶是兒孫。天地未分已是第二頭。且道正當恁麼時。作麼生是先天地。
新字:君不見。玄沙有言兮。大丈夫先天為心祖。尋常以心為祖宗極則。這裏為什麼。却於天地未生已前。猶為此心之祖。若識破這箇時節。方識得関中主。的的分明箭後路。若要中的。箭後分明有路。且道作麼生是箭後路。也須是自著精彩始得。大丈夫先天為心祖。玄沙常以此語示衆。此乃是帰宗有此頌。雪竇誤用為玄沙語。如今参学者。若以此心為祖宗。参到弥勒仏下生。也未会在若。是大丈夫漢心猶是児孫。天地未分已是第二頭。且道正当恁麼時。作麼生是先天地。
書き下し
「君見ずや、玄沙言へること有り、大丈夫は天に先だつて心の祖たり」。尋常は心を以て祖宗の極則と為す。這裏什麼としてか却つて天地未生已前に於て、猶ほ此の心の祖たる。若し這箇の時節を識破せば、方に関中の主を識得せん。「的的分明なり箭後の路」。若し中的せんと要せば、箭後分明に路有り。且く道へ、作麼生か是れ箭後の路。也た須らく是れ自ら精彩を著けて始めて得べし。「大丈夫は天に先だつて心の祖たり」。玄沙常に此の語を以て衆に示す。此れは乃ち是れ帰宗に此の頌有り、雪竇誤つて用ひて玄沙の語と為す。如今の参学の者、若し此の心を以て祖宗と為さば、参じて弥勒仏の下生に到るも、也た未だ会せざること在り。若し是れ大丈夫漢ならば、心も猶ほ是れ児孫、天地未だ分かれざるも已に是れ第二頭なり。且く道へ、正当恁麼の時、作麼生か是れ天地に先だつ。
現代語訳
「君は知らないか、玄沙は言った、大丈夫は天地に先立って心の祖となる、と」。ふつうは心を祖宗の究極とする。ここではなぜ、天地がまだ生じない以前において、なおこの心の祖であるというのか。もしこの時節を見破れば、はじめて関所の中の主を見分けられるだろう。「矢を放った後の道筋は、はっきりと明らかである」。もし的に当てようとするなら、矢の後にはっきりと道がある。さて言ってみよ、矢を放った後の道筋とは何か。これは自分で精を出してこそ得られるものである。「大丈夫は天地に先立って心の祖となる」。玄沙は常にこの語で大衆に示したというが、これはもともと帰宗の頌にあるもので、雪竇が誤って玄沙の語として用いたのである。今の参学者が、もしこの心を祖宗とするなら、参じ続けて弥勒仏がこの世に下りてくる時まで至っても、まだわからないであろう。もし大丈夫であるなら、心でさえなお子孫であり、天地がまだ分かれない以前でさえ、すでに第二のものである。さて言ってみよ、まさにそのとき、天地に先立つとは何か。
解説
この章句が説くこと
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