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講孟余話 / 告子上 第七章

余此章ヲ講スルニ當テ、從弟毅甫モ亦坐ニアリ、余顧テ云ク、聖人與我同類者ノ義ヲ喩レリヤ、往時大嶋郡ニ巨人アリ、声名大ニ噪ク、又林百非翁ハ極メテ短人ナリシ、然トモ試ニ二人ヲ比較シテ見ルヘシ、巨人トテモ百非翁ノ長ニ陪スルニハ至ルマテ、是ヲ以テ類ヲ同フスル者ノ大異ナキヲ悟ルヘシ、豐臣大閤ノ雄才大畧、古今一人ト称ス、然トモ亦譬ヘハ巨人ノ長ノ如キニ過キス、吾輩卑瑣ト云トモ、亦譬ヘハ百非翁ノ短ノ如キノミ、然レハ大閤ノ半ニ及フベシ、而シテ余カ如キハ常ニ謂ラク、大閤天子ノ關白トナリ、天下ノ牧伯ヲ率ヒ、僅ニ能ク朝鮮ヲ擾リ、朱明ニ震フノミ、且其身一タヒ沒シ功即チ廃ス、余ヲシテ志ヲ得シメハ、朝鮮支那ハ勿論、滿洲蝦夷及豪斯多辣理ヲ定メ、其餘ハ後人ニ畄メテ功名ノ地トナサシメンノミ、如何々々、毅甫大ニ笑フ

新字:余此章ヲ講スルニ当テ、従弟毅甫モ亦坐ニアリ、余顧テ云ク、聖人与我同類者ノ義ヲ喩レリヤ、往時大嶋郡ニ巨人アリ、声名大ニ噪ク、又林百非翁ハ極メテ短人ナリシ、然トモ試ニ二人ヲ比較シテ見ルヘシ、巨人トテモ百非翁ノ長ニ陪スルニハ至ルマテ、是ヲ以テ類ヲ同フスル者ノ大異ナキヲ悟ルヘシ、豊臣大閤ノ雄才大略、古今一人ト称ス、然トモ亦譬ヘハ巨人ノ長ノ如キニ過キス、吾輩卑瑣ト云トモ、亦譬ヘハ百非翁ノ短ノ如キノミ、然レハ大閤ノ半ニ及フベシ、而シテ余カ如キハ常ニ謂ラク、大閤天子ノ関白トナリ、天下ノ牧伯ヲ率ヒ、僅ニ能ク朝鮮ヲ擾リ、朱明ニ震フノミ、且其身一タヒ没シ功即チ廃ス、余ヲシテ志ヲ得シメハ、朝鮮支那ハ勿論、満洲蝦夷及豪斯多辣理ヲ定メ、其余ハ後人ニ畄メテ功名ノ地トナサシメンノミ、如何々々、毅甫大ニ笑フ

書き下し

余此の章を講ずるに当たりて、従弟毅甫も亦坐にあり。余顧みて云く、聖人と我と類を同じくする者の義を喩れりや。往時大島郡に巨人あり、声名大いに噪がし。又林百非翁は極めて短人なりし。然れども試みに二人を比較して見るべし、巨人とても百非翁の長に倍するには至らず。是を以て類を同じくする者の大異なきを悟るべし。豊臣太閤の雄才大略、古今一人と称す。然れども亦譬へば巨人の長の如きに過ぎず。吾が輩卑瑣と云へども、亦譬へば百非翁の短の如きのみ。然れば太閤の半ばに及ぶべし。而して余が如きは常に謂へらく、太閤天子の関白となり、天下の牧伯を率ゐ、僅かに能く朝鮮を擾し、朱明を震はすのみ。且つ其の身一たび没して功即ち廃す。余をして志を得しめば、朝鮮支那は勿論、満洲・蝦夷及び豪斯多辣理を定め、其の余は後人に留めて功名の地となさしめんのみ。如何々々。毅甫大いに笑ふ。

現代語訳

私がこの章を講じたとき、従弟の毅甫も座にいた。私は振り返って言った。「聖人も自分と同じ類の者だ」という意味が分かったか。以前、大島郡に大男がいて、評判が大いに騒がれた。また林百非翁はたいへん背の低い人であった。しかし試しに二人を比べてみるがよい。大男でも百非翁の背丈の倍には至らない。これによって、同じ類の者には大きな違いはないと悟るべきである。豊臣太閤の優れた才と大きな計略は、古今に一人と称される。しかしそれもたとえれば大男の背丈のようなものにすぎない。私たちはつまらない者だといっても、たとえれば百非翁の背丈のようなものだ。そうであれば太閤の半分には及ぶはずである。そして私などはいつも思うのだ。太閤は天子の関白となり、天下の大名を率いて、わずかに朝鮮を騒がせ、明を震え上がらせただけである。しかもその身がひとたび死ぬと功業はすぐに廃れた。私に志を得させたなら、朝鮮・中国はもちろん、満州・蝦夷およびオーストラリアを平定し、残りは後の人に残して功名を立てる場所にさせるだけだ。どうだ、どうだ。毅甫は大笑いした。

解説

講義の席で、松陰は十代半ばの従弟毅甫(玉木彦介)に、聖人も自分も同じ人間だという孟子の言葉を、大男と小男のたとえで説きます。大男でも小男の倍の背丈はない、太閤秀吉と自分の差もせいぜいその程度だ、と。続けて、自分が志を得れば秀吉以上のことをするという大言を吐き、毅甫は大笑いします。家族の講義のくだけた空気が伝わる一場面です。ここで語られる大陸進出の夢想は、幕末の対外危機感から出たものですが、のちの日本の膨張の歴史と重ねて批判的に読むべき部分でもあります。

この章句が説くこと

聖人自信大志家族講義

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