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講孟余話 / 告子上 第六章

故ニ孟子ノ書ヲ読者、眞ニ心ヲ斯ニ畄メ議論ニ涉ラス、只事実ヲ学フベシ、先己ノ性ヲ眞ニ善ト篤信シ、良心ノ発見、惻隱羞惡恭敬是非等ヲ擴充シ、或ハ物欲邪念起ルコトアラハ、速ニ良心ヲ尋子來リ、其自ラ安ンシ、自ラ快キ所ヲ求メ、悔吝ノナキ如クスベシ、人ヲ教導スルニ於テ亦然リ、然ルトキハ性善ノ外復タ氣質說ヲ借ルコトナシ

新字:故ニ孟子ノ書ヲ読者、真ニ心ヲ斯ニ畄メ議論ニ渉ラス、只事実ヲ学フベシ、先己ノ性ヲ真ニ善ト篤信シ、良心ノ発見、惻隠羞悪恭敬是非等ヲ擴充シ、或ハ物欲邪念起ルコトアラハ、速ニ良心ヲ尋子来リ、其自ラ安ンシ、自ラ快キ所ヲ求メ、悔吝ノナキ如クスベシ、人ヲ教導スルニ於テ亦然リ、然ルトキハ性善ノ外復タ気質説ヲ借ルコトナシ

書き下し

故に孟子の書を読む者、真に心を斯に留め議論に渉らず、只事実を学ぶべし。先づ己の性を真に善と篤信し、良心の発見、惻隠羞悪恭敬是非等を拡充し、或は物欲邪念起こることあらば、速やかに良心を尋ね来たり、其の自ら安んじ、自ら快き所を求め、悔吝のなき如くすべし。人を教導するに於て亦然り。然る時は性善の外、復た気質の説を借ることなし。

現代語訳

だから孟子の書を読む者は、本当にここに心をとどめ、議論に走らず、ただ事実を学ぶべきである。まず自分の性を本当に善であると固く信じ、良心が現れたとき、すなわち哀れむ心、恥じる心、敬う心、是非を分ける心などを押し広げ、もし物欲や邪念が起こることがあれば、すぐに良心を尋ね求めて、自分が安らかで快いところを求め、悔いや恥のないようにすべきである。人を教え導くときもまた同じである。そうすれば、性善のほかに、改めて気質の説を借りる必要はない。

解説

性善をめぐる長い講説を、松陰は実践の言葉で締めくくります。孟子を読むなら議論に入り込まず事実を学べ、まず自分の性を善と固く信じ、良心が動いたらそれを押し広げ、欲や邪念が起きたらすぐ良心に立ち返って、自分が安らかで快いと感じるほうを選べ、と。人を教えるときも同じだと言います。理論を精緻にするより、自分の心で確かめて行うことを重んじる姿勢は、知識を増やすことと人が変わることは別だという、学びの本質を突いています。

この章句が説くこと

良心実践拡充性善読書

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