講孟余話 / 告子上 総論
此篇性善ヲ論スルコト詳ナリ、孟子平日ノ議論皆是ヲ根本トス、程子云、性善之論、前聖所未発ト、然トモ性善ノ字ハ誠ニ孟子ニ始レトモ、其義ハ前聖已ニ是ヲ発ス、易ノ繫辞傳ニ、一陰一陽之謂道、継之者善也、成之者性也、詩ノ蒸民篇ニ民之秉彝、好是懿德、書ノ康誥篇ニ、天惟與我民彝、論語ニ人之生也直、又性相近、ト云フ類、皆性善ノ義ニシテ、前聖已ニ発スル者ナリ、程子云以下、會澤翁下学邇言中已ニ具ニ是ヲ論ス、然トモ性善ヲ以テ專ラ教ノ根本トスルハ、実ニ子思ニ始リ孟子ニ成ルナリ、中庸ノ開卷ニ天命之謂性、率性之謂道、修道之謂教、ト云ハ、明カニ孟子ノ本ツク所ナリ、故ニ孟子ノ学ハ先性善ヲ認ルヲ以テ本トス、四端ノ說、孺子入井ノ說、乞人不屑ノ說皆性善ヲ認ルノ術ナリ、苟モ性善ヲ認得ハ、是ヨリ涵養シテ德ヲ成スニ至ルヘシ、
新字:此篇性善ヲ論スルコト詳ナリ、孟子平日ノ議論皆是ヲ根本トス、程子云、性善之論、前聖所未発ト、然トモ性善ノ字ハ誠ニ孟子ニ始レトモ、其義ハ前聖已ニ是ヲ発ス、易ノ繋辞伝ニ、一陰一陽之謂道、継之者善也、成之者性也、詩ノ蒸民篇ニ民之秉彝、好是懿徳、書ノ康誥篇ニ、天惟与我民彝、論語ニ人之生也直、又性相近、ト云フ類、皆性善ノ義ニシテ、前聖已ニ発スル者ナリ、程子云以下、会沢翁下学邇言中已ニ具ニ是ヲ論ス、然トモ性善ヲ以テ専ラ教ノ根本トスルハ、実ニ子思ニ始リ孟子ニ成ルナリ、中庸ノ開巻ニ天命之謂性、率性之謂道、修道之謂教、ト云ハ、明カニ孟子ノ本ツク所ナリ、故ニ孟子ノ学ハ先性善ヲ認ルヲ以テ本トス、四端ノ説、孺子入井ノ説、乞人不屑ノ説皆性善ヲ認ルノ術ナリ、苟モ性善ヲ認得ハ、是ヨリ涵養シテ徳ヲ成スニ至ルヘシ、
書き下し
此の篇性善を論ずること詳らかなり。孟子平日の議論皆是を根本とす。程子云く、「性善の論は前聖の未だ発せざる所」と。然れども性善の字は誠に孟子に始まれども、其の義は前聖已に是を発す。易の繋辞伝に「一陰一陽之を道と謂ふ、之を継ぐ者は善なり、之を成す者は性なり」、詩の烝民篇に「民の彝を秉る、是の懿徳を好む」、書の康誥篇に「天惟れ我が民に彝を与ふ」、論語に「人の生くるや直し」、又「性相近し」と云ふ類、皆性善の義にして、前聖已に発する者なり。(程子云く以下、会沢翁の下学邇言中已に具さに是を論ず。)然れども性善を以て専ら教の根本とするは、実に子思に始まり孟子に成るなり。中庸の開巻に「天の命ずる之を性と謂ふ、性に率ふ之を道と謂ふ、道を修むる之を教と謂ふ」と云ふは、明らかに孟子の本づく所なり。故に孟子の学は先づ性善を認むるを以て本とす。四端の説、孺子入井の説、乞人不屑の説、皆性善を認むるの術なり。苟も性善を認め得ば、是より涵養して徳を成すに至るべし。
現代語訳
この篇は性善を詳しく論じている。孟子の日ごろの議論は、みなこれを根本としている。程子は「性善の論は前の聖人がまだ説かなかったところだ」と言った。しかし「性善」という言葉はたしかに孟子に始まるが、その意味は前の聖人がすでに説いている。易の繋辞伝の「一陰一陽、これを道という。これを継ぐものは善であり、これを成すものは性である」、詩経の烝民篇の「民は常の道を守り、この美しい徳を好む」、書経の康誥篇の「天はわが民に常の道を与えた」、論語の「人の生まれつきはまっすぐである」、また「人の性は互いに近い」という類は、みな性善の意味であって、前の聖人がすでに説いているものである。(程子の言葉以下のことは、会沢正志斎翁の『下学邇言』の中ですでに詳しく論じている。)しかし性善を教えの根本として専らにしたのは、実に子思に始まり孟子に完成したのである。中庸の冒頭に「天が命じたものを性といい、性に従うことを道といい、道を修めることを教えという」とあるのは、明らかに孟子のよりどころである。だから孟子の学問は、まず性善を認めることを根本とする。四端の説、井戸に落ちかけた幼子の説、物乞いでも侮って与えられた食べ物は受けないという説は、みな性善を認めさせる手立てである。もし性善を認めることができれば、ここから心を養って徳を完成するに至るだろう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
孟子・離婁章句下孟子曰く、「仲尼は已甚だしきを為さざる者なり。」
-
孟子・盡心章句上孟子曰く、「楊子は我が為にするを取る。一毛を抜きて天下を利するも、為さざるなり。墨子は兼愛す。頂を摩し踵に放るも、天下を利するは之を為す。子莫は中を執る。中を執るは之に近しと為すも、中を執りて權すること無ければ、猶ほ一を執るなり。一を執るに惡む所の者は、其の、道を賊うが為なり。一を舉げて百を廢すればなり。」
-
論語・先進篇子貢問う、「師と商とは孰れか賢れる。」子曰く、「師や過ぎたり、商や及ばず。」曰く、「然らば則ち師愈れるか。」子曰く、「過ぎたるは猶お及ばざるがごとし。」
-
孟子・公孫丑章句上孟子曰く、「伯夷は其の君に非ざれば事えず。其の友に非ざれば友とせず。惡人の朝に立たず。惡人と言(ものいう)わず。惡人の朝に立ち、惡人と言うは、朝衣朝冠を以て塗炭に坐するが如し。惡を惡むの心を推すに、鄉人と立ちて、其の冠正しからざれば、望望然として之を去り、將に浼(けがす)されんとするが若く思う。是の故に諸侯其の辭命を善くして至る者有りと雖も、受けざるなり。受けざる者は、是れも亦た就くを屑しとせざるのみ。柳下惠は汙君を羞ぢず、小官を卑しとせず。進んで賢を隱さず、必ず其の道を以てす。遺佚せられて怨みず、阨窮して憫えず。故に曰く、『爾は爾為り、我は我為り。我が側に袒裼裸裎すと雖も、爾焉くんぞ能く我を浼さんや。』故に由由然として之と偕にして自ら失わず。援(ひく)いて之を止むれば止まる。援いて之を止むれば止まる者は、是れ亦た去るを屑しとせざるのみ。」孟子曰く、「伯夷は隘なり。柳下惠は不恭なり。隘と不恭とは、君子由らざるなり。」
-
論語・雍也篇子曰わく、中庸の徳たるや、その至れるかな!民、鮮(すくな)きこと久し。
-
尚書・蔡仲之命小民を康濟するに、率ね中よりし、聰明を作して舊章を亂すこと無かれ。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る