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講孟余話 / 萬章下 第八章

此章汎ク友道ヲ論ス、其歸宿スル所ハ尙友ノ上ニアリ、一郷之善士、斯友一郷之善士、一國之善士、斯友一國之善士、天下之善士、斯友天下之善士ト云ハ特ニ其才德ノ高下ニ隨テ、交ル所ノ廣狹アルノ大略ヲ云ノミ、一郷ノ善士ハ必ス一國ノ善士ヲ友トスルコト勿レ、一國ノ善士ハ必ス天下ノ善士ヲ友トスルコト勿レト云ニハ非ス、頌其詩、讀其書、論其世、是孟子ノ学則ナリ、詩ハ詩經ヨリ以下歷代ノ歌詞ヲ云ヘシ、書ハ書經以下歷代ノ論議辨說ヲ云ヘシ、所謂右史記言、ト云者ニシテ、國語戰國策說苑等ノ類是ニ属ス、世ヲ論スルハ史册ヲ讀テ其行事ヲ考フルナリ、所謂左史記事ト云者ニシテ、左傳等此類ナリ、史記漢書以下ハ左右史ノ旨混シテ一トナルト云ヘリ、古書此三体ヲ分ツ、而シテ先ツ詩書ヲ讀メハ、古人ノ志尙議論ノ大略ハ知ルヽナリ、然トモ人ノ志尙議論、各々其時ト地トヲ考ヘサレハ、一概ニ云難シ、故ニ世ヲ論ス、孟子中禹稷顏淵、及ヒ曾子子思、地ヲ易ヘハ皆然リト云ヒ、前聖後聖其揆一ナリト云フ類ヲ見テ知ルヘシ、且言過テ行及サルアリ、行過テ言及サルアレハ、彼此對較シテ大ニ益アルコトナリ、是ヲ以テ大氏孟子ノ学則ヲ知ルヘシ、詩書ヲ頌讀スルハ、假ニ云ハ、今ノ所謂經學ノ如シ、世ヲ論スルハ、假ニ云ハ、今ノ所謂史学ノ如シ、故ニ孟子ノ學經史ヲ兼ヌ

新字:此章汎ク友道ヲ論ス、其帰宿スル所ハ尚友ノ上ニアリ、一郷之善士、斯友一郷之善士、一国之善士、斯友一国之善士、天下之善士、斯友天下之善士ト云ハ特ニ其才徳ノ高下ニ随テ、交ル所ノ広狭アルノ大略ヲ云ノミ、一郷ノ善士ハ必ス一国ノ善士ヲ友トスルコト勿レ、一国ノ善士ハ必ス天下ノ善士ヲ友トスルコト勿レト云ニハ非ス、頌其詩、読其書、論其世、是孟子ノ学則ナリ、詩ハ詩経ヨリ以下歴代ノ歌詞ヲ云ヘシ、書ハ書経以下歴代ノ論議弁説ヲ云ヘシ、所謂右史記言、ト云者ニシテ、国語戦国策説苑等ノ類是ニ属ス、世ヲ論スルハ史册ヲ読テ其行事ヲ考フルナリ、所謂左史記事ト云者ニシテ、左伝等此類ナリ、史記漢書以下ハ左右史ノ旨混シテ一トナルト云ヘリ、古書此三体ヲ分ツ、而シテ先ツ詩書ヲ読メハ、古人ノ志尚議論ノ大略ハ知ルヽナリ、然トモ人ノ志尚議論、各々其時ト地トヲ考ヘサレハ、一概ニ云難シ、故ニ世ヲ論ス、孟子中禹稷顔淵、及ヒ曽子子思、地ヲ易ヘハ皆然リト云ヒ、前聖後聖其揆一ナリト云フ類ヲ見テ知ルヘシ、且言過テ行及サルアリ、行過テ言及サルアレハ、彼此対較シテ大ニ益アルコトナリ、是ヲ以テ大氏孟子ノ学則ヲ知ルヘシ、詩書ヲ頌読スルハ、仮ニ云ハ、今ノ所謂経学ノ如シ、世ヲ論スルハ、仮ニ云ハ、今ノ所謂史学ノ如シ、故ニ孟子ノ学経史ヲ兼ヌ

書き下し

此の章汎く友道を論ず。其の帰宿する所は尚友の上にあり。「一郷の善士は斯に一郷の善士を友とし、一国の善士は斯に一国の善士を友とし、天下の善士は斯に天下の善士を友とす」と云ふは、特に其の才徳の高下に随ひて、交はる所の広狭あるの大略を云ふのみ。一郷の善士は必ず一国の善士を友とすること勿れ、一国の善士は必ず天下の善士を友とすること勿れと云ふには非ず。「其の詩を頌し、其の書を読み、其の世を論ず」、是れ孟子の学則なり。詩は詩経より以下歴代の歌詞を云ふべし。書は書経以下歴代の論議弁説を云ふべし。所謂右史言を記すと云ふ者にして、国語・戦国策・説苑等の類是に属す。世を論ずるは史冊を読みて其の行事を考ふるなり。所謂左史事を記すと云ふ者にして、左伝等此の類なり。史記・漢書以下は左右史の旨混じて一となると云へり。古書此の三体を分かつ。而して先づ詩書を読めば、古人の志尚議論の大略は知らるるなり。然れども人の志尚議論、各々其の時と地とを考へざれば、一概に云ひ難し。故に世を論ず。孟子中、禹稷顔淵及び曾子子思、地を易ふれば皆然りと云ひ、前聖後聖其の揆一なりと云ふ類を見て知るべし。且つ言過ぎて行及ばざるあり、行過ぎて言及ばざるあれば、彼此対較して大いに益あることなり。是を以て大抵孟子の学則を知るべし。詩書を頌読するは、仮に云はば、今の所謂経学の如し。世を論ずるは、仮に云はば、今の所謂史学の如し。故に孟子の学は経史を兼ぬ。

現代語訳

この章は広く友の道を論じ、その行き着くところは「尚友」、すなわち古人を友とすることにある。「一郷のすぐれた士は一郷のすぐれた士を友とし、一国のすぐれた士は一国のすぐれた士を友とし、天下のすぐれた士は天下のすぐれた士を友とする」と言うのは、その才能と徳の高低に応じて交わる範囲の広さに違いがあるというおおよそを言っただけである。一郷の士は一国の士を友としてはならない、一国の士は天下の士を友としてはならない、と言っているのではない。「その詩を誦み、その書を読み、その時代を論じる」、これが孟子の学びの法則である。詩とは詩経をはじめ歴代の詩歌を言うのだろう。書とは書経をはじめ歴代の議論や弁説を言うのだろう。いわゆる「右史は言葉を記す」というもので、国語・戦国策・説苑などがこれに属する。時代を論じるとは、歴史書を読んでその行いを考えることで、いわゆる「左史は事を記す」というもので、左伝などがこの類である。史記・漢書以後は、左史と右史の役割が混じって一つになったといわれる。古書はこの三つの体を分けている。そしてまず詩と書を読めば、古人の志や議論のおおよそは分かる。しかし人の志や議論は、それぞれの時代と場所を考えなければ一概には言えない。だから時代を論じるのである。孟子の中で、禹・稷・顔淵や曾子・子思について「立場を入れ替えればみな同じようにしただろう」と言い、「前の聖人も後の聖人もその法は一つである」と言う類を見れば分かる。また、言葉が行いを上回る人もいれば、行いが言葉を上回る人もいるから、両方を見比べると大いに益がある。これでおおよそ孟子の学びの法則が分かるだろう。詩や書を誦み読むのは、たとえて言えば今のいわゆる経学のようなもの、時代を論じるのは今のいわゆる史学のようなものである。だから孟子の学は経学と史学を兼ねている。

解説

萬章下第八章は、一郷の善士は一郷の善士を友とし、天下の善士を友としてもなお足りなければ古人を友とする「尚友」を説きます。松陰はここに孟子の学び方の法則を見て、詩を誦み書を読むことを今の経学に、その人の生きた時代を論じることを史学にあてます。言葉だけ読んでも、その人の時と場所を知らなければ志は分からない、だから経と史を兼ねよ、と。獄中や幽室で古人を友として学び続けた松陰ならではの読書論で、本を読むとき書き手の時代と状況まで想像せよという、今も通用する読み方の教えです。

この章句が説くこと

尚友読書経学史学学び方

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