講孟余話 / 萬章下 第六章
此章悅賢養賢尊賢ノ三事ヲ以テ、假ニ三等トナシテ見ハ、義自ラ分明ナリ、賢ヲ悅フハ其名德文行ヲ悅フノミニ過キス、賢ヲ養フハ廩粟庖肉相繼テ是ヲ餽ルニ過キス、賢ヲ尊フニ至テハ、已ニ其名德文行ヲ悅ヒ、又廩粟庖肉相繼テ是ヲ餽リ、更ニ與ニ天位ヲ共ニシ、與ニ天職ヲ治メ、與ニ天祿ヲ食ム是ナリ、世ノ人君是ヲ行フ者實ニ少シ、然トモ是亦自ラ反シテ其難キヲ知ルヘシ、今我輩好テ書ヲ讀ム、書ハ聖賢ノ言行ヲ載スル所ナレハ、好テ書ヲ讀ムハ、亦賢ヲ悅フト云ヘシ、然トモ學者ノ通弊、書ハ書ナリ、我ハ我ナリ、我何ソ書ニ預ラン、書何ソ我ニ預ラント云テ、聖賢ノ言ヲ我口ニ言ヒ、聖賢ノ行ヲ我身ニ行フコト能ハサルハ、亦彼ノ魯ノ繆公ノ賢ヲ養フコト能ハス、賢ヲ尊フコト能ハサルト、同日ノ談ナリ、今学者聖賢ノ言ヲ言ヒ聖賢ノ行ヲ行フ者ノ少キヲ以テ、人主賢ヲ養ヒ賢ヲ尊フノ易カラサルヲ知ルヘシ、故ニ人主ヲ諫ムルニ賢ヲ養ヒ賢ヲ尊フヲ以テセント欲セハ、宜シク己レ先ツ聖賢ノ言行ヲ言行スヘシ、身修リテ後國治マルト云ヒ、大人君心ノ非ヲ格スト云、皆此義ナリ
新字:此章悦賢養賢尊賢ノ三事ヲ以テ、仮ニ三等トナシテ見ハ、義自ラ分明ナリ、賢ヲ悦フハ其名徳文行ヲ悦フノミニ過キス、賢ヲ養フハ廩粟庖肉相継テ是ヲ餽ルニ過キス、賢ヲ尊フニ至テハ、已ニ其名徳文行ヲ悦ヒ、又廩粟庖肉相継テ是ヲ餽リ、更ニ与ニ天位ヲ共ニシ、与ニ天職ヲ治メ、与ニ天禄ヲ食ム是ナリ、世ノ人君是ヲ行フ者実ニ少シ、然トモ是亦自ラ反シテ其難キヲ知ルヘシ、今我輩好テ書ヲ読ム、書ハ聖賢ノ言行ヲ載スル所ナレハ、好テ書ヲ読ムハ、亦賢ヲ悦フト云ヘシ、然トモ学者ノ通弊、書ハ書ナリ、我ハ我ナリ、我何ソ書ニ預ラン、書何ソ我ニ預ラント云テ、聖賢ノ言ヲ我口ニ言ヒ、聖賢ノ行ヲ我身ニ行フコト能ハサルハ、亦彼ノ魯ノ繆公ノ賢ヲ養フコト能ハス、賢ヲ尊フコト能ハサルト、同日ノ談ナリ、今学者聖賢ノ言ヲ言ヒ聖賢ノ行ヲ行フ者ノ少キヲ以テ、人主賢ヲ養ヒ賢ヲ尊フノ易カラサルヲ知ルヘシ、故ニ人主ヲ諫ムルニ賢ヲ養ヒ賢ヲ尊フヲ以テセント欲セハ、宜シク己レ先ツ聖賢ノ言行ヲ言行スヘシ、身修リテ後国治マルト云ヒ、大人君心ノ非ヲ格スト云、皆此義ナリ
書き下し
此の章、悦賢・養賢・尊賢の三事を以て、仮に三等となして見れば、義自ら分明なり。賢を悦ぶは其の名徳文行を悦ぶのみに過ぎず。賢を養ふは廩粟庖肉相継ぎて是を餽るに過ぎず。賢を尊ぶに至りては、已に其の名徳文行を悦び、又廩粟庖肉相継ぎて是を餽り、更に与に天位を共にし、与に天職を治め、与に天禄を食む是なり。世の人君是を行ふ者実に少し。然れども是れ亦自ら反して其の難きを知るべし。今我が輩好みて書を読む。書は聖賢の言行を載する所なれば、好みて書を読むは、亦賢を悦ぶと云ふべし。然れども学者の通弊、書は書なり、我は我なり、我何ぞ書に預からん、書何ぞ我に預からんと云ひて、聖賢の言を我が口に言ひ、聖賢の行を我が身に行ふこと能はざるは、亦彼の魯の繆公の賢を養ふこと能はず、賢を尊ぶこと能はざると、同日の談なり。今学者の聖賢の言を言ひ聖賢の行を行ふ者の少なきを以て、人主の賢を養ひ賢を尊ぶの易からざるを知るべし。故に人主を諫むるに賢を養ひ賢を尊ぶを以てせんと欲せば、宜しく己れ先づ聖賢の言行を言行すべし。身修まりて後国治まると云ひ、大人君心の非を格すと云ふ、皆此の義なり。
現代語訳
この章は、賢者を喜ぶこと、賢者を養うこと、賢者を尊ぶことの三つを、仮に三つの段階として見ると、意味がおのずとはっきりする。賢者を喜ぶとは、その名声や徳、文章や行いを喜ぶだけにすぎない。賢者を養うとは、米や肉を絶えず贈るだけにすぎない。賢者を尊ぶとなると、その名声や徳、文章や行いを喜び、米や肉を絶えず贈ったうえに、さらにともに天から授かった位を分かち、ともに天から授かった職を治め、ともに天から授かった禄を食む、ということである。世の君主でこれを行う者は実に少ない。しかしこれは、自分を振り返ればその難しさが分かるはずだ。今、私たちは好んで書物を読む。書物は聖賢の言行を載せたものだから、好んで書物を読むのは、賢者を喜ぶことと言える。しかし学者に共通の弊害として、書物は書物、自分は自分、自分が書物にどう関わろう、書物が自分にどう関わろうと言って、聖賢の言葉を自分の口で言い、聖賢の行いを自分の身で行うことができないのは、あの魯の繆公が賢者を養えず、賢者を尊べなかったのと同じ話である。今、学者で聖賢の言葉を語り、聖賢の行いを行う者が少ないことから、君主が賢者を養い尊ぶのが容易でないことが分かるだろう。だから君主に賢者を養い尊ぶよう諫めたいと思うなら、まず自分が聖賢の言行を言い行うべきである。「身が修まってのち国が治まる」と言い、「大人は君主の心の誤りを正す」と言うのも、みなこの意味である。
解説
この章句が説くこと
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