講孟余話 / 萬章下 第四章
子以爲有王者作、將比今之諸侯而誅之乎、其教之不改而後誅之乎、是政ヲスルノ要ニシテ、舊弊ヲ改メ積染ヲ洗ハント欲スル者、最モ意ヲ注スヘシ、教之ト誅之ト、二事偏廃スヘカラス、先ツ教ユヘシ、教ユルハ叮嚀親切ヲ貴フ、孫子カ三令五申ノ如クナルベシ、後ニ誅スヘシ、誅スルハ嚴明果斷ヲ貴フ、孫子カ二姫ヲ斬ル如クナルヘシ、已ニ教ヘテ後ニ誅シ、已ニ誅シテ又教ユ、二ツノ者相待テ功アリ、而シテ教ヲ以テ主トシ、其如何スヘカラサルニ至テ、是ヲ輔スルニ誅ヲ以テス、誅ハ太甚ヲ除ク者ナリ、教ハ終始ヲナス者ナリ
新字:子以為有王者作、将比今之諸侯而誅之乎、其教之不改而後誅之乎、是政ヲスルノ要ニシテ、旧弊ヲ改メ積染ヲ洗ハント欲スル者、最モ意ヲ注スヘシ、教之ト誅之ト、二事偏廃スヘカラス、先ツ教ユヘシ、教ユルハ叮嚀親切ヲ貴フ、孫子カ三令五申ノ如クナルベシ、後ニ誅スヘシ、誅スルハ厳明果断ヲ貴フ、孫子カ二姫ヲ斬ル如クナルヘシ、已ニ教ヘテ後ニ誅シ、已ニ誅シテ又教ユ、二ツノ者相待テ功アリ、而シテ教ヲ以テ主トシ、其如何スヘカラサルニ至テ、是ヲ輔スルニ誅ヲ以テス、誅ハ太甚ヲ除ク者ナリ、教ハ終始ヲナス者ナリ
書き下し
「子以為へらく王者作ること有らば、将に今の諸侯を比べて之を誅せんとするか、其れ之を教へて改めずして後之を誅せんとするか」。是れ政をするの要にして、旧弊を改め積染を洗はんと欲する者、最も意を注ぐべし。教之と誅之と、二事偏廃すべからず。先づ教ゆべし、教ゆるは叮嚀親切を貴ぶ、孫子が三令五申の如くなるべし。後に誅すべし、誅するは厳明果断を貴ぶ、孫子が二姫を斬る如くなるべし。已に教へて後に誅し、已に誅して又教ゆ、二つの者相待ちて功あり。而して教を以て主とし、其の如何ともすべからざるに至りて、是を輔くるに誅を以てす。誅は太甚を除く者なり、教は終始をなす者なり。
現代語訳
「あなたは、王者が現れたら、今の諸侯を並べてみな誅するとでも思うのか。それともまず教えて、それでも改めない者をその後に誅すると思うのか」。これは政治をするうえでの要であり、古い弊害を改め、積もった悪習を洗い流そうとする者が最も注意すべきところである。教えることと罰することの二つは、どちらも捨ててはならない。まず教えるべきで、教えるには丁寧で親切であることが大切だ。孫子が軍令を三度命じ五度説いたようにすべきである。その後に罰すべきで、罰するには厳正で果断であることが大切だ。孫子が呉王の寵姫二人を斬ったようにすべきである。教えたうえで罰し、罰したうえでまた教える。二つが互いに助け合って効果がある。そして教えを主とし、どうにもならない場合に至って、罰によってこれを補う。罰は甚だしい悪を除くためのもの、教えは始めから終わりまでを通すものである。
解説
この章句が説くこと
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『韓非子』顯學第五十今或ひと人に謂ひて曰く「子をして必ず智にして壽ならしめん」と、則ち世必ず以て狂と爲す。夫れ智は、性なり。壽は、命なり。性命なる者は、人に學ぶ所に非ざるなり、而るに人の能くせざる所を以て人に說く、此れ世の之を謂ひて狂と爲す所以なり。之を謂ひて然る能はずとすれば、則ち是れ諭なり、夫れ諭は性なり。仁義を以て人に教ふるは、是れ智と壽とを以て說くなり、有度の主は受けざるなり。故に毛嗇・西施の美を善しとするも、吾が面に益無し。脂澤粉黛を用ふれば、則ち其の初めに倍す。先王の仁義を言ふは、治に益無し。吾が法度を明らかにし、吾が賞罰を必にする者も、亦國の脂澤粉黛なり。故に明主は其の助を急にして其の頌を緩くす、故に仁義を道はず。今巫祝の人を祝して曰く、「若をして千秋萬歲ならしめん」と。千秋萬歲の聲耳に括すれども、一日の壽も人に徵無し、此れ人の巫祝を簡る所以なり。今世の儒者の人主に說くや、今の治を爲す所以を善しとせずして、已に治まるの功を語り、官法の事を審らかにせず、姦邪の情を察せずして、皆上古の傳譽、先王の成功を道ふ。儒者辝を飾りて曰く、「吾が言を聽かば、則ち以て霸王たるべし」と。此れ說者の巫祝にして、有度の主は受けざるなり。故に明主は實事を舉げ、無用を去り、仁義を道はざる者は故なり、學者の言を聽かず。今治を知らざる者は必ず曰く、「民の心を得よ」と。民の心を得んと欲して以て治を爲すべくんば、則ち是れ伊尹・管仲も用ふる所無きなり、將に民に聽かんとするのみ。民智の用ふべからざるは、猶ほ嬰兒の心のごときなり。夫れ嬰兒は首を剔らざれば則ち腹痛み、痤を㨽かざれば則ち寖く益す。首を剔り、痤を揊くは、必ず一人之を抱き、慈母之を治む、然れども猶ほ啼呼して止まず、嬰兒子は其の小苦する所を犯して、其の大利する所を致すを知らざればなり。
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『韓非子』外儲説右下第三十五夫れ賞は之を勧むる所以にして、毀存す。罰は之を禁ずる所以にして、誉加はる。民中立して由る所を知らず、
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孫子・行軍篇數々賞する者は、窘するなり。數々罰する者は、困しむなり。先に暴にして後に其の衆を畏るる者は、不精の至りなり。来たりて委謝する者は、休息を欲するなり。
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『韓非子』外儲説右下第三十五一。賞罰共にすれば則ち禁令行はれず。何を以て之を明らかにする。之を明らかにするに造父・於期を以てす。
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『韓非子』初見秦第一賞を言ひて則ち与へず、罰を言ひて則ち行はず、賞罰信ならず、故に士民死せざるなり。
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『韓非子』難一第三十六今赫は僅かに驕侮せざるのみにして、襄子之を賞するは、是れ賞を失うなり。明主は賞を無功に加えず、罰を無罪に加えず。
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