孫子 / 行軍篇
數賞者,窘也;數罰者,困也;先暴而後畏其衆者,不精之至也;來委謝者,欲休息也。
新字:数賞者,窘也;数罰者,困也;先暴而後畏其衆者,不精之至也;来委謝者,欲休息也。
書き下し
數々賞する者は、窘するなり。數々罰する者は、困しむなり。先に暴にして後に其の衆を畏るる者は、不精の至りなり。来たりて委謝する者は、休息を欲するなり。
現代語訳
しきりに褒賞を与えるのは、行き詰まっている。しきりに罰するのは、苦しんでいる。はじめは乱暴に扱っておきながら後で部下を恐れるのは、統率のこの上ない拙さである。使者が来て丁重に詫びるのは、休息を求めている。
解説
賞罰の頻度から組織の状態を読む、という珍しい観察である。褒賞が増えるのは行き詰まりの証拠、処罰が増えるのは苦境の証拠。どちらも、通常の手段では人が動かなくなっているから、報酬と恐怖に頼っているという読み方だ。実務の感覚として、これは正確である。表彰やインセンティブが急に増えた組織、あるいは処分が続く組織は、たいてい内部が苦しい。三つ目の指摘も痛烈だ。先に乱暴に扱っておいて、後から部下の反応を恐れる。統率の拙さの極みだと切って捨てている。厳しくするか寛容にするかを、その時々の気分や状況で切り替える人は多い。順序が逆転すると、部下は基準を読めなくなり、上司の顔色を見るようになる。賞罰は量ではなく一貫性で効く。
この章句が説くこと
相敵賞罰五事賞罰の乱発兆候出師
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