講孟余話 / 萬章下 第四章
其交也以道、其接也以禮、斯孔子受之矣、此章交際ヲ論ス、大聖ノ作用ヲ見ルニ足ル、此二句尤モ其肯綮タリ、何等ノ公平弘大ノ言ソヤ、大氏後世賢士隅節ヲ砥勵スル者、權勢ノ人ニ於ケル、敢テ其贈餽ヲ受ケス、其汲引ヲ受ケス、恬然退處シ確然自守シ、敢テ其門ニ至ラス、是ヲ以テ或ハ仕進ノ路ヲ梗塞シ、或ハ意外ノ罪責ヲ受ルコトアリト云トモ、未タ曾テ權勢ノ汙染スル所トナリテ清潔ノ操ヲ失ハス、百世ノ下ヲシテ頑夫モ廉ニ、惰夫モ志ヲ立ルコトアル者アリ、然トモ大聖ノ作用ニ至テハ決シテ然ラス、孔子ノ如キ佛肸公山弗擾ノ召スヲ往ント欲ス、陽貨ノ蒸豚スラ拜受シ玉フ、然レハ権勢ノ人孔子ニ贈餽シ孔子ヲ汲引スル者アリトモ孔子ハ決シテ辞セサルヘシ、盖シ聖人ハ將迎ナク往來ナシ、冲漠無朕、物來テ順應ス、故ニ交ルニ道ヲ以スレハ、其道ヲ悅ンテ是ニ交リ、接スルニ礼ヲ以テスレハ、其礼ヲ悅ンテ是ニ接ス、昨日道礼ナシト云トモ、今日道礼アレハ其道礼ヲ悅フ、昨日ノ無道無礼ヲ追咎メス、又明日ノ無道無礼ヲ預メ計ラス、其公平弘大如何ソヤ、
新字:其交也以道、其接也以礼、斯孔子受之矣、此章交際ヲ論ス、大聖ノ作用ヲ見ルニ足ル、此二句尤モ其肯綮タリ、何等ノ公平弘大ノ言ソヤ、大氏後世賢士隅節ヲ砥励スル者、権勢ノ人ニ於ケル、敢テ其贈餽ヲ受ケス、其汲引ヲ受ケス、恬然退処シ確然自守シ、敢テ其門ニ至ラス、是ヲ以テ或ハ仕進ノ路ヲ梗塞シ、或ハ意外ノ罪責ヲ受ルコトアリト云トモ、未タ曽テ権勢ノ汚染スル所トナリテ清潔ノ操ヲ失ハス、百世ノ下ヲシテ頑夫モ廉ニ、惰夫モ志ヲ立ルコトアル者アリ、然トモ大聖ノ作用ニ至テハ決シテ然ラス、孔子ノ如キ仏肸公山弗擾ノ召スヲ往ント欲ス、陽貨ノ蒸豚スラ拝受シ玉フ、然レハ権勢ノ人孔子ニ贈餽シ孔子ヲ汲引スル者アリトモ孔子ハ決シテ辞セサルヘシ、盖シ聖人ハ将迎ナク往来ナシ、沖漠無朕、物来テ順応ス、故ニ交ルニ道ヲ以スレハ、其道ヲ悦ンテ是ニ交リ、接スルニ礼ヲ以テスレハ、其礼ヲ悦ンテ是ニ接ス、昨日道礼ナシト云トモ、今日道礼アレハ其道礼ヲ悦フ、昨日ノ無道無礼ヲ追咎メス、又明日ノ無道無礼ヲ預メ計ラス、其公平弘大如何ソヤ、
書き下し
「其の交はるや道を以てし、其の接するや礼を以てすれば、斯ち孔子之を受く」。此の章交際を論ず、大聖の作用を見るに足る。此の二句尤も其の肯綮たり。何等の公平弘大の言ぞや。大抵後世賢士の隅節を砥励する者、権勢の人に於ける、敢へて其の贈餽を受けず、其の汲引を受けず、恬然退処し確然自守し、敢へて其の門に至らず。是を以て或は仕進の路を梗塞し、或は意外の罪責を受くることありと云へども、未だ曾て権勢の汚染する所となりて清潔の操を失はず、百世の下をして頑夫も廉に、惰夫も志を立つることある者あり。然れども大聖の作用に至りては決して然らず。孔子の如き、仏肸・公山弗擾の召すに往かんと欲す。陽貨の蒸豚すら拝受し給ふ。然れば権勢の人孔子に贈餽し孔子を汲引する者ありとも、孔子は決して辞せざるべし。蓋し聖人は将迎なく往来なし、冲漠無朕、物来たりて順応す。故に交はるに道を以てすれば、其の道を悦んで是に交はり、接するに礼を以てすれば、其の礼を悦んで是に接す。昨日道礼なしと云へども、今日道礼あれば其の道礼を悦ぶ。昨日の無道無礼を追ひ咎めず、又明日の無道無礼を預め計らず。其の公平弘大如何ぞや。
現代語訳
「相手が道によって交わり、礼によって接してくるなら、孔子はその贈り物を受け取った」。この章は人との交際を論じたもので、大聖人のはたらきを見るのに十分である。この二句がとりわけ要所であり、なんと公平で広大な言葉であろう。たいてい後世の賢士で節操を磨く者は、権勢のある人に対しては、その贈り物を受けず、引き立ても受けず、平然と身を引き、きっぱりと自分を守って、その門を訪ねない。そのために出世の道が塞がれたり、思いがけない罪を受けたりすることもあるが、権勢に染まって清い操を失うことはなく、百代後の人々にまで、頑なな者を廉直にし、怠惰な者にも志を立てさせることがある。しかし大聖人のはたらきは決してそうではない。孔子は、反乱を起こした仏肸や公山弗擾に招かれて行こうとし、陽貨から贈られた蒸した豚さえ拝受された。だから権勢のある人が孔子に贈り物をし、引き立てようとしても、孔子は決して辞退しなかっただろう。思うに聖人は、迎えも送りもせず、来るものと去るものを追わない。心はひっそりとして兆しもなく、物が来れば自然に応じる。だから相手が道によって交われば、その道を喜んで交わり、礼によって接すれば、その礼を喜んで接する。昨日は道も礼もなかったとしても、今日道と礼があればそれを喜ぶ。昨日の無道無礼を追って咎めず、明日の無道無礼をあらかじめ心配しない。なんと公平で広大なことか。
解説
この章句が説くこと
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