講孟余話 / 萬章下 第二章
本朝ノ如キハ君臣ノ義固ヨリ外國ノ比ニ非スト云トモ、天子ハ誠ノ雲上人ニテ、人間ノ種ニハアラヌ如ク心得ルハ、古道曾テ然ルニ非ス、王朝ノ衰ヘテヨリ茲ニ至リ、又茲ニ至リテヨリ王朝益々衰フルナリ、此義詳ニ明主ノ前ニ陳スル者アラハ、必ス超然トシテ古道ニ進ム者アラン、然トモ是亦卒爾ニ說カタシ、卒爾ニ說テ卒爾ニ聞ク時ハ、却テ權奸ノ口實トナシ、亂臣賊子跡ヲ本朝ニ踵クニ至ラン、是誠ニ恐ルヘシ、又案スルニ周制庶人ト云トモ一家五人ヨリ九人ヲ養フ、是亦厚ト云ヘシ、是レ支那ノ古ハ地廣ク田多クシテ人民少キ故ニ、能然ルコトヲ得ルト見ヘタリ、本邦ノ今日ヲ以テ例シ難シ
新字:本朝ノ如キハ君臣ノ義固ヨリ外国ノ比ニ非スト云トモ、天子ハ誠ノ雲上人ニテ、人間ノ種ニハアラヌ如ク心得ルハ、古道曽テ然ルニ非ス、王朝ノ衰ヘテヨリ茲ニ至リ、又茲ニ至リテヨリ王朝益々衰フルナリ、此義詳ニ明主ノ前ニ陳スル者アラハ、必ス超然トシテ古道ニ進ム者アラン、然トモ是亦卒爾ニ説カタシ、卒爾ニ説テ卒爾ニ聞ク時ハ、却テ権奸ノ口実トナシ、乱臣賊子跡ヲ本朝ニ踵クニ至ラン、是誠ニ恐ルヘシ、又案スルニ周制庶人ト云トモ一家五人ヨリ九人ヲ養フ、是亦厚ト云ヘシ、是レ支那ノ古ハ地広ク田多クシテ人民少キ故ニ、能然ルコトヲ得ルト見ヘタリ、本邦ノ今日ヲ以テ例シ難シ
書き下し
本朝の如きは君臣の義固より外国の比に非ずと云へども、天子は誠の雲上人にて、人間の種にはあらぬ如く心得るは、古道曾て然るに非ず。王朝の衰へてより茲に至り、又茲に至りてより王朝益々衰ふるなり。此の義詳らかに明主の前に陳ずる者あらば、必ず超然として古道に進む者あらん。然れども是れ亦卒爾に説きがたし。卒爾に説きて卒爾に聞く時は、却つて権奸の口実となし、乱臣賊子跡を本朝に踵ぐに至らん。是れ誠に恐るべし。又案ずるに周制、庶人と云へども一家五人より九人を養ふ、是れ亦厚しと云ふべし。是れ支那の古は地広く田多くして人民少なき故に、能く然ることを得ると見えたり。本邦の今日を以て例し難し。
現代語訳
わが国は君臣の義がもとより外国とは比べものにならないが、天子をまるで雲の上の人で人間の種ではないかのように考えるのは、古来の道がそうだったのではない。朝廷が衰えてからこうなり、またこうなってから朝廷はますます衰えたのである。この意味を詳しく明君の前で述べる者がいれば、必ず高く抜け出て古の道へ進む人が出るだろう。しかしこれも軽々しくは説きにくい。軽々しく説き、軽々しく聞けば、かえって権力を奪おうとする悪人の口実となり、乱臣賊子がわが国で中国の跡を追うことになりかねない。これはまことに恐ろしい。また考えるに、周の制度では庶人でも一家五人から九人を養えた。これも手厚いと言うべきである。これは中国の古代は土地が広く田が多く、人民が少なかったから、そうできたのだと見える。今日のわが国にそのまま当てはめるのは難しい。
解説
この章句が説くこと
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