文武訓 / 文訓下之末
一學者、無用のことをば多く知りて、有用のことを知らざること多し。有用の事をばなさずして、無用のことをなすこと多し。おやにうとくして他人の交したしきあり、急なることはさし置きて、不急なることをつとむ。聖賢の書はつねに讀まず、雜書を多く讀む。日本の書にうとく、中夏の古事を專に知る、皆是本末緩急を失へり。
新字:一学者、無用のことをば多く知りて、有用のことを知らざること多し。有用の事をばなさずして、無用のことをなすこと多し。おやにうとくして他人の交したしきあり、急なることはさし置きて、不急なることをつとむ。聖賢の書はつねに読まず、雑書を多く読む。日本の書にうとく、中夏の古事を専に知る、皆是本末緩急を失へり。
書き下し
一学者、無用のことをば多く知りて、有用のことを知らざること多し。有用の事をばなさずして、無用のことをなすこと多し。おやにうとくして他人の交したしきあり、急なることはさし置きて、不急なることをつとむ。聖賢の書はつねに読まず、雑書を多く読む。日本の書にうとく、中夏の古事を専に知る、皆是本末緩急を失へり。
現代語訳
学者は、無用のことを多く知って、有用のことを知らないことが多いのです。有用のことをしないで、無用のことをすることが多いのです。親にはうとくて他人との交わりが親しいことがあり、急ぐべきことはさし置いて、急がないことに努めます。聖賢の書はふだん読まず、雑書を多く読みます。日本の書にうとく、中国の古事ばかりを専ら知っています。これらはみな本末と緩急を失っているのです。
解説
学者が陥りがちな「本末転倒」を並べた一節です。役に立たない知識ばかり集め、親をおろそかにして他人とのつきあいに熱心になり、急ぐことを後回しにし、根本の書より雑書を読み、自国より外国に詳しい。益軒はこれを「本末緩急を失う」とまとめます。今の私たちも、大事な仕事より手近な雑務、家族より職場の飲み会、基礎より流行のノウハウを優先しがちです。何が本で何が末か、何が急ぎで何が後でよいかを時々見直す習慣が大切です。
この章句が説くこと
本末緩急学者優先順位孝
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