言志四録 / 言志録 第百九十九条 心の智愚は学びて変ずべし
人所受之氣。其厚薄分數。大抵相若。如軀之大小。壽之脩短。力之强弱。心之智愚。無大相遠者。其間有一處受厚者。皆謂之非常。非常則姑置之。就如常人。軀與壽與力之分數。不可奈之何。獨至於心之智愚。可以學而變化之。故博學審問愼思明辨篤行。人一十之。己百千之。果能此道矣。雖愚必明。雖柔必强。可以漸進於非常之域。葢有此理矣。但常人多遊惰不能然。豈亦天有算籌歟。
新字:人所受之気。其厚薄分数。大抵相若。如躯之大小。寿之脩短。力之強弱。心之智愚。無大相遠者。其間有一処受厚者。皆謂之非常。非常則姑置之。就如常人。躯与寿与力之分数。不可奈之何。独至於心之智愚。可以学而変化之。故博学審問慎思明弁篤行。人一十之。己百千之。果能此道矣。雖愚必明。雖柔必強。可以漸進於非常之域。葢有此理矣。但常人多遊惰不能然。豈亦天有算籌歟。
書き下し
人の受くる所の気、其の厚薄の分数は、大抵相若く。躯の大小、寿の脩短、力の強弱、心の智愚の如き、大いに相遠き者無し。其の間一処の受くること厚き者有れば、皆之を非常と謂ふ。非常は則ち姑く之を置く。常人の如きに就きては、躯と寿と力との分数は、之を奈何ともすべからず。独り心の智愚に至りては、学びて之を変化すべし。故に博く学び、審かに問ひ、慎みて思ひ、明らかに弁じ、篤く行ふ。人一たび十たびすれば、己は之を百たび千たびす。果たして此の道を能くせば、愚なりと雖も必ず明らかに、柔なりと雖も必ず強からん。以て漸く非常の域に進むべし。蓋し此の理有り。但だ常人は多く遊惰にして然ること能はず。豈に亦天に算籌有るか。
現代語訳
人が天から受けた気は、その厚い薄いの割合がおおむね似通っている。体の大小、寿命の長短、力の強弱、心の賢愚など、大きくかけ離れたものはない。その中で、どこか一か所を特別に厚く受けた者があれば、みなこれを非常の人と呼ぶ。非常の人はしばらく置いておく。普通の人について言えば、体と寿命と力の割合はどうすることもできない。ただ心の賢愚だけは、学ぶことによって変えることができる。だから広く学び、詳しく問い、慎重に考え、明らかに見分け、手厚く実行する(『中庸』)。他人が一度や十度でするなら、自分は百度も千度もする。本当にこの道を行うことができれば、愚かであっても必ず聡明になり、弱くても必ず強くなる。こうして次第に非常の域に進むことができる。思うに、このような道理は確かにある。ただ普通の人の多くは怠けてそうすることができない。これもまた天があらかじめ数を計算しているということであろうか。
解説
この章句が説くこと
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