人物志 / 流業
主德不預焉?
新字:主徳不預焉?
書き下し
主徳は預からず。
現代語訳
君主の徳はこれ(十二の人臣の才)には含まれない。
解説
十二の流業を挙げ終えたあと、劉劭は「凡そ此の十二材は、皆人臣の任なり」と述べ、この一句で君主の徳はそこに入らないと言い切る。続いて、君主の徳とは聡明で平淡、多くの才に通じながら自分では事に当たらないものだと定義する。九徵篇の中和・平淡の思想が、ここで君主論として結実している。君主が一つの才に秀でて自ら働けば、同じ才の臣を偏愛し、他の才が生かされなくなるからである。現代の経営者や管理職にも通じる指摘で、プレイヤーとして優秀であることと、多様な人材を使いこなすことは別の能力だということを端的に示している。
関連する章句
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人物志・流業主徳なる者は、聡明にして平淡、衆材に達して事を以て自ら任ぜざる者なり。
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人物志・流業是の故に、主道立てば、則ち十二材各其の任を得るなり。清節の徳は、師氏の任なり。法家の材は、司寇の任なり。術家の材は、三孤の任なり。三材純備なるは、三公の任なり。三材にして微なるは、冢宰の任なり。臧否の材は、師氏の佐なり。智意の材は、冢宰の佐なり。伎倆の材は、司空の任なり。儒学の材は、安民の任なり。文章の材は、国史の任なり。弁給の材は、行人の任なり。驍雄の材は、将帥の任なり。
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人物志・流業凡そ此の十二材は、皆人臣の任なり。
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人物志・材能凡そ此の能は、皆偏材の人なり。故に或いは能く言ひて行ふこと能はず、或いは能く行ひて言ふこと能はず。国体の人に至りては、能く言ひ能く行ふ、故に衆材の雋たり。人君の能は此に異なる。
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人物志・材能凡そ偏材の人は、皆一味の美なり。故に一官を辦ずるに長じて、一国を為むるに短なり。何となれば、
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人物志・九徵中和の質は、必ず平淡にして味無し、故に能く五材を調成し、変化して節に応ず。
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