弁名 / 元亨利貞
元者。善之長也。是引聖人之道爲解。元者德之名也。如一人元良是也。蓋謂君人之德也。亦首象也。君人之德。如堯之蕩蕩乎民無能名焉。是其至者也。以堯之允恭克讓。比諸舜之任智。禹之任功。則可以見君之所以爲德者矣。湯師伊尹。則亦不及伊尹。武王不及周公之多材多藝下焉者則桓公不及管仲之仁。高祖不及三傑之能。而皆能爲之君。是君人之德別有之。而命之曰元已。
新字:元者。善之長也。是引聖人之道為解。元者徳之名也。如一人元良是也。蓋謂君人之徳也。亦首象也。君人之徳。如堯之蕩蕩乎民無能名焉。是其至者也。以堯之允恭克譲。比諸舜之任智。禹之任功。則可以見君之所以為徳者矣。湯師伊尹。則亦不及伊尹。武王不及周公之多材多芸下焉者則桓公不及管仲之仁。高祖不及三傑之能。而皆能為之君。是君人之徳別有之。而命之曰元已。
書き下し
「元とは善の長なり」とは、是れ聖人の道を引きて解を為す。元とは徳の名なり。「一人元良」の如き是れなり。蓋し君人の徳を謂ふなり。亦た首の象なり。君人の徳は、堯の「蕩蕩乎として民能く名づくる無し」の如き、是れ其の至れる者なり。堯の允恭克譲を以て、諸を舜の智に任じ、禹の功に任ずるに比すれば、則ち以て君の徳為る所以の者を見るべし。湯は伊尹を師とす、則ち亦た伊尹に及ばず。武王は周公の多材多芸に及ばず。下る者は則ち桓公は管仲の仁に及ばず、高祖は三傑の能に及ばず。而して皆能く之が君と為る。是れ君人の徳別に之有りて、之を命じて元と曰ふのみ。
現代語訳
文言伝の「元とは善の長である」は、聖人の道を引いて解釈したものである。元とは徳の名で、「一人元良(天子一人が大いに善い)」がそれである。つまり人の君たる者の徳をいうのであり、これも首(頭)の象である。君たる徳は、堯について「広大で、民はそれを名づけようもない」と言われたのがその極みである。堯の誠実で慎み深くよく譲る徳を、舜が智を用い禹が功を用いたのと比べれば、君が君として持つ徳のありかが見えるだろう。湯王は伊尹を師としたが、伊尹には及ばなかった。武王は周公の多才多芸に及ばなかった。下っては、斉の桓公は管仲の仁に及ばず、漢の高祖は三傑(張良・蕭何・韓信)の能力に及ばなかった。それでもみな彼らの君となることができた。これは君たる者の徳が別にあるということで、それを名づけて「元」というのである。
解説
この章句が説くこと
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