抱朴子外篇 / 廣譬
抱樸子曰:微飆不能揚大海之波;毫芒不能動萬鈞之鍾。是以漆園思惠,有捐斤之嘆;伯氏哀期,有剿弦之憤。短唱不足以致弘麗之和,勢力不足以移淡泊之心。
新字:抱樸子曰:微飆不能揚大海之波;毫芒不能動万鈞之鍾。是以漆園思恵,有捐斤之嘆;伯氏哀期,有剿弦之憤。短唱不足以致弘麗之和,勢力不足以移淡泊之心。
書き下し
抱朴子曰く、微飆は大海の波を揚ぐる能わず。毫芒は万鈞の鍾を動かす能わず。是を以て漆園は恵を思いて捐斤の嘆き有り、伯氏は期を哀しみて剿弦の憤り有り。短唱は以て弘麗の和を致すに足らず、勢力は以て淡泊の心を移すに足らず。
現代語訳
抱朴子は言う。そよ風では大海に波を立てられず、毛の先ほどの力では万鈞の鐘を動かせない。だから漆園(荘子)は恵子を思って斧を捨てる嘆きを抱き、伯氏は鍾期を悼んで弦を断つ憤りを抱いた。短い唱和では雄大で華麗な調べを呼び起こせず、権勢や力では淡泊な心を動かせない。
解説
そよ風は大海に波を立てられず、毛先ほどの力では巨大な鐘は動きません。そこから、相手の器に見合う相手がいなければ、才は空しいという嘆きへ進みます。「勢力は以て淡泊の心を移すに足らず」とあるように、権勢で淡泊な人の心は動かせません。人材を引きとめようとして、地位や報酬だけで説得しても、動機の違う相手には届きません。相手が何を大切にするかを理解してから関わる姿勢が、人の心を動かす入口になります。
この章句が説くこと
勢力は以て淡泊の心を移すに足らず微飆は大海の波を揚ぐる能わず毫芒は万鈞の鍾を動かす能わず動機理解
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