格言聯璧 / 從政類・多事の門を開くこと莫かれ
非大有益於民,則莫輕舉情有可通,莫將舊有者,過裁抑以生寡恩之怨。事在得已,莫將舊無者,妄增設以開多事之門。 為前人者,無干譽矯情,立一切不可常之法,以難後人。
新字:非大有益於民,則莫軽舉情有可通,莫将旧有者,過裁抑以生寡恩之怨。事在得已,莫将旧無者,妄增設以開多事之門。 為前人者,無干誉矯情,立一切不可常之法,以難後人。
書き下し
大いに民に益有るに非ずんば、則ち輕々しく舉ぐること莫かれ。情に通ずべき有らば、舊有る者を將て、過ぎて裁抑して以て寡恩の怨を生ずること莫かれ。事已むを得るに在らば、舊無き者を將て、妄りに增設して以て多事の門を開くこと莫かれ。 前人為る者は、譽を干め情を矯めて、一切常にすべからざるの法を立てて、以て後人を難ましむること無かれ。
現代語訳
民に大きな益がないかぎり、軽々しく新しいことを始めてはいけません。事情に通じる余地があるなら、昔からあるものを削りすぎて、情け知らずだという恨みを生んではいけません。やめてもよいことなら、昔からないものをみだりに設けて、面倒ごとの入り口を開いてはいけません。 前任者となる人は、名声を求めて無理をし、長続きしない法を立てて、後任者を困らせてはいけません。
解説
一行目は前の単位の「非甚不便於民」と対になり、変えることにも始めることにも慎重であれと説きます。昔からあるものを削りすぎれば恨みを買い、昔からないものを増やしすぎれば面倒が増えるという、二方向の戒めが続きます。寡恩は情けが薄いことです。二行目は前任者と後任者を対にした句の前半で、評判ほしさに続けられない制度を作り、後の人を苦しめるなと言います。後半の「為後人者」は次の単位にあります。着任したばかりの人が成果を急いで新しい制度を乱立させることは、今の組織でもよく見られます。引き継ぐ人の身になって決まりを作ることが大切です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
治政改革慎重引継ぎ制度
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