五常訓 / 巻之四・義
一子曰、君子之於天下也、無適也、無莫也、義之與比。君子は天下一切のことにおいて、專らに主としてすべき事も無く、又すべからざる事もなし。是萬の事、善惡一定せず、唯時の宜しき道にしたがふべし。一事を以ていはゞ、世に出でて必仕ふるを專らにせず、是無適なり。仕へまじき時は仕へずして、世をのがるべし。又必仕へざるを以てむねとせず。是無莫なり。仕ふべき時は仕へて、道を行ふべし。然れば、仕ふるも仕へざるも、唯義とともにしたがふべし。仕へて宜しき時は仕へ、仕ふまじき時は仕へず。是義にしたがふなり。たとへば道を行くに、早きがよしといふは適なり。早きを惡しきとするは莫なり。早く行きてよき時は早く、しづかに行きてよき時はしづかなるは、義とともにしたがふ也。人に物を與へんと定むるは適なり。與へまじきと定むるは莫なり。與ふべき時は與へ、與ふまじき時は與へず。是義とともにしたがふなり。萬のこと、皆是を以ておして知るべし。義は事の主なり。萬事の善惡一定せず、唯義にまかせて行ふべし。是善なり。
新字:一子曰、君子之於天下也、無適也、無莫也、義之与比。君子は天下一切のことにおいて、専らに主としてすべき事も無く、又すべからざる事もなし。是万の事、善悪一定せず、唯時の宜しき道にしたがふべし。一事を以ていはゞ、世に出でて必仕ふるを専らにせず、是無適なり。仕へまじき時は仕へずして、世をのがるべし。又必仕へざるを以てむねとせず。是無莫なり。仕ふべき時は仕へて、道を行ふべし。然れば、仕ふるも仕へざるも、唯義とともにしたがふべし。仕へて宜しき時は仕へ、仕ふまじき時は仕へず。是義にしたがふなり。たとへば道を行くに、早きがよしといふは適なり。早きを悪しきとするは莫なり。早く行きてよき時は早く、しづかに行きてよき時はしづかなるは、義とともにしたがふ也。人に物を与へんと定むるは適なり。与へまじきと定むるは莫なり。与ふべき時は与へ、与ふまじき時は与へず。是義とともにしたがふなり。万のこと、皆是を以ておして知るべし。義は事の主なり。万事の善悪一定せず、唯義にまかせて行ふべし。是善なり。
書き下し
一子曰く、君子の天下に於けるや、適も無く、莫も無し、義と之れ与に比ふ。君子は天下一切のことにおいて、専らに主としてすべき事も無く、又すべからざる事もなし。是万の事、善悪一定せず、唯時の宜しき道にしたがふべし。一事を以ていはば、世に出でて必仕ふるを専らにせず、是無適なり。仕へまじき時は仕へずして、世をのがるべし。又必仕へざるを以てむねとせず。是無莫なり。仕ふべき時は仕へて、道を行ふべし。然れば、仕ふるも仕へざるも、唯義とともにしたがふべし。仕へて宜しき時は仕へ、仕ふまじき時は仕へず。是義にしたがふなり。たとへば道を行くに、早きがよしといふは適なり。早きを悪しきとするは莫なり。早く行きてよき時は早く、しづかに行きてよき時はしづかなるは、義とともにしたがふ也。人に物を与へんと定むるは適なり。与へまじきと定むるは莫なり。与ふべき時は与へ、与ふまじき時は与へず。是義とともにしたがふなり。万のこと、皆是を以ておして知るべし。義は事の主なり。万事の善悪一定せず、唯義にまかせて行ふべし。是善なり。
現代語訳
孔子は「君子は天下のことについて、必ずこうすると決めることもなく、必ずしないと決めることもない。ただ義とともにしたがう」とおっしゃいました。君子は天下の一切のことにおいて、もっぱら主としてすべきこともなく、またしてはならないこともありません。これはあらゆることの善悪が一定せず、ただその時の宜しい道にしたがうべきだということです。一つの事でいえば、世に出て必ず仕えることをもっぱらにしません。これが無適です。仕えてはならない時は仕えずに、世を逃れるべきです。また必ず仕えないことを主旨ともしません。これが無莫です。仕えるべき時は仕えて道を行うべきです。それゆえ、仕えるのも仕えないのも、ただ義とともにしたがうべきです。仕えて宜しい時は仕え、仕えてはならない時は仕えません。これが義にしたがうことです。たとえば道を行くのに、早いのがよいというのは適です。早いのを悪いとするのは莫です。早く行ってよい時は早く、静かに行ってよい時は静かにするのが、義とともにしたがうことです。人に物を与えようと決めるのは適です。与えまいと決めるのは莫です。与えるべき時は与え、与えてはならない時は与えません。これが義とともにしたがうことです。あらゆることは、みなこれによって推して知るべきです。義は事の主です。あらゆる事の善悪は一定しないので、ただ義に任せて行うべきです。これが善です。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『童子問』卷下問ふ、漁父の辞に云ふ、聖人は物に凝滞せず、能く世と推移すと。此の語も亦聖人の旨に合ふか。曰く、智者の言に庶幾し。但一の義の字を欠く。後世の儒者、奚ぞ其の髣髴を獲んや。
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『文武訓』武訓上一張南軒曰く、君子は難を避けず。亦難に預からず。此意は、不慮にのがれがたき難に臨みて、其場をはづして身をのがるるは怯し、義にあらず。是難を去らざるなり。難にあふとも、難を避けて身をのがるべからず。又、我が身にあづからざる事にわざと出合ひて、難にあづかるは愚なり。此二は共に理にあたらず、勇にあらず。されば身を捨つることはやすけれど、捨ててかひありて理にあたることはかたし。道理にそむきて、死ぬまじき時に死し、あたら命をすつるは愚なりといふべし。死ぬべき時に死なざるは、不義といふ故に、死ぬべからざる時に死して身を失ひ、死ぬべき時に死なずして義を失ふも、共に勇にあらず、理にそむけり。
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言志四録・言志耋録 第九十六条 便宜も義の中に在り凡そ事を為すには、当に先づ其の義の如何を謀るべし。便宜を謀ること勿れ。便宜も亦義の中に在り。
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『養生訓』巻第一・総論上一或人うたがひて曰、養生をこのむ人は、ひとへにわが身をおもんじて命をたもつを専にす。されども君子は義におもしとす。故に義にあたりては身を捨て命を惜まず、危を見ては命をさづけ、難にのぞんでは節に死す。もしわが身をひとへに重じて、少なる髪膚まで毀ひ傷らざらんとせば、大節にのぞんで命ををしみ、義をうしなふべしと云ふ。答へて曰、およその事、常あり変あり。常に居ては常を行ひ、変にのぞみては変を行ふ。其の時にあたりて義にしたがふべし。無事の時身をおもんじて命をたもつは、常に居るの道なり。大節にのぞんで命を捨ててかへりみざるは、変にをるの義なり。常にをるの道と、変に居るの義と、同じからざることをわきまへば、此うたがひ無かるべし。
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『驢鞍橋』卷下夜話に曰く、義なくして修行成るへからず。勇猛精進も義より起る也。生死の細を切るも義也、抑より終り迄、入る物は義也。専ら義を强く守るべき也。
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『囲炉夜話』第百九十三則・義の中に利有り義の中に利有り、而して義を尚ぶの君子は、初めより利に計り及ぶに非ざるなり。 利の中に害有り、而して利に趨るの小人は、並びに其の害為るを顧みざるなり。
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