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大和俗訓 / 巻之三・心術上

一民を司どる人は、民の父母なれば、民をあはれむ心を本とすべし。民の心を以て心として、民の好む事を好みてほどこし、民のきらふ事をきらひてほどこさず、父母の子を思ふが如くする故、是を民の父母と云ふ。民の上に立つ人は、民をやしなふ職分を天より授け給ふ事を知りて、天道にしたがひ、民をくるしましむべからず。我一人の樂をきはめんとて、おほくの人を苦むるは、天道の御心にそむけり。天道おそるべし。すべて人は高きもひきゝも同じ人なれば、民の樂み苦みも、我と同じ。我が心を以て民の心をおしはかるに違はず。民のうれひ苦みを思ひはかりて、憐むべし。不仁なる人は、民をあはれまずして、民を愛すれば奢りて上をあなどるとて、民をあはれまず。

新字:一民を司どる人は、民の父母なれば、民をあはれむ心を本とすべし。民の心を以て心として、民の好む事を好みてほどこし、民のきらふ事をきらひてほどこさず、父母の子を思ふが如くする故、是を民の父母と云ふ。民の上に立つ人は、民をやしなふ職分を天より授け給ふ事を知りて、天道にしたがひ、民をくるしましむべからず。我一人の楽をきはめんとて、おほくの人を苦むるは、天道の御心にそむけり。天道おそるべし。すべて人は高きもひきゝも同じ人なれば、民の楽み苦みも、我と同じ。我が心を以て民の心をおしはかるに違はず。民のうれひ苦みを思ひはかりて、憐むべし。不仁なる人は、民をあはれまずして、民を愛すれば奢りて上をあなどるとて、民をあはれまず。

書き下し

一民を司どる人は、民の父母なれば、民をあはれむ心を本とすべし。民の心を以て心として、民の好む事を好みてほどこし、民のきらふ事をきらひてほどこさず、父母の子を思ふが如くする故、是を民の父母と云ふ。民の上に立つ人は、民をやしなふ職分を天より授け給ふ事を知りて、天道にしたがひ、民をくるしましむべからず。我一人の楽をきはめんとて、おほくの人を苦むるは、天道の御心にそむけり。天道おそるべし。すべて人は高きもひききも同じ人なれば、民の楽み苦みも、我と同じ。我が心を以て民の心をおしはかるに違はず。民のうれひ苦みを思ひはかりて、憐むべし。不仁なる人は、民をあはれまずして、民を愛すれば奢りて上をあなどるとて、民をあはれまず。

現代語訳

民をつかさどる人は、民の父母ですから、民をあわれむ心を根本とすべきです。民の心を自分の心として、民の好むことを好んで施し、民の嫌うことを嫌って施さず、父母が子を思うようにするので、これを民の父母といいます。民の上に立つ人は、民を養う職分を天から授けられたことを知って、天道に従い、民を苦しめてはいけません。自分一人の楽しみを極めようとして、多くの人を苦しめるのは、天道の御心に背くことです。天道は恐るべきです。すべて人は、身分の高い者も低い者も同じ人ですから、民の楽しみや苦しみも自分と同じです。自分の心で民の心を推し量れば違いはありません。民の憂いや苦しみを思いやって、あわれむべきです。不仁な人は民をあわれまず、民を愛すれば奢って上を侮るといって、民をあわれみません。

解説

為政者の心得を説く段で、「民の好む所は之を好み、民の悪む所は之を悪む、此を之れ民の父母と謂ふ」という『大学』の言葉を踏まえています。益軒は、民を養う職分は天から授かったものであり、高い身分の者も低い者も同じ人だから、自分の心で民の苦しみを推し量れと説きます。前段の「恕」を政治に応用したものです。民を甘やかせば上を侮るという論を不仁として退ける点も注目されます。管理職や経営者が部下や顧客の立場に立つ姿勢として、そのまま通じる教えです。

この章句が説くこと

仁民君主恕職分

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