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君子訓 / 巻之中

一文王は、民を視ること傷むが如しとて、民を治めて旣に安けれども、猶も傷み苦める事あらんかと憂ひ給ふ。是仁者のこゝろ、國家を治むる第一の用心なり。左傳にも、國の興るは民を視ること傷むが如し、其亡ぶるは民をみる事土芥の如しといへり。是國の治亂興亡の分るゝ所なり。

新字:一文王は、民を視ること傷むが如しとて、民を治めて既に安けれども、猶も傷み苦める事あらんかと憂ひ給ふ。是仁者のこゝろ、国家を治むる第一の用心なり。左伝にも、国の興るは民を視ること傷むが如し、其亡ぶるは民をみる事土芥の如しといへり。是国の治乱興亡の分るゝ所なり。

書き下し

一文王は、民を視ること傷むが如しとて、民を治めて既に安けれども、猶も傷み苦める事あらんかと憂ひ給ふ。是仁者のこころ、国家を治むる第一の用心なり。左伝にも、国の興るは民を視ること傷むが如し、其亡ぶるは民をみる事土芥の如しといへり。是国の治乱興亡の分るる所なり。

現代語訳

文王は、民を傷ついた人のように見るといって、民を治めてすでに安らかであっても、なお傷み苦しむ者があるのではないかと憂えられました。これが仁者の心であり、国家を治める第一の用心です。左伝にも「国が興るときは、民を傷ついた人のように見る。国が滅びるときは、民を土くれやごみのように見る」とあります。これが国の治乱興亡の分かれるところです。

解説

周の文王が民を「傷つける人を視るが如し」くいたわったという話は孟子離婁下篇に、国が興るときと滅びるときの民の見方の違いは春秋左氏伝の哀公元年に見えます。すでに安らかでもなお苦しむ者がいないかと気づかうのが仁者の心だ、と益軒は言います。民を土芥(土くれやごみ)のように扱えば国は滅びる、という対比は鮮やかです。顧客や社員を大切な一人として見るか、数字や道具として見るかで組織の命運が分かれる、という今の経営にも通じる教えです。

この章句が説くこと

仁民文王興亡いたわり

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