新語 / 思務
故仁者在位而仁人來,義者在朝而義士至。是以墨子之門多勇士,仲尼之門多道德,文王之朝多賢良,秦王之庭多不詳。故善者必有所主而至,惡者必有所因而來。夫善惡不空作,禍福不濫生,唯心之所向,志之所行而已矣。
新字:故仁者在位而仁人来,義者在朝而義士至。是以墨子之門多勇士,仲尼之門多道徳,文王之朝多賢良,秦王之庭多不詳。故善者必有所主而至,悪者必有所因而来。夫善悪不空作,禍福不濫生,唯心之所向,志之所行而已矣。
書き下し
故に仁者位に在れば仁人来たり、義者朝に在れば義士至る。是を以て墨子の門には勇士多く、仲尼の門には道徳多く、文王の朝には賢良多く、秦王の庭には不詳多し。故に善なる者は必ず主る所有りて至り、悪なる者は必ず因る所有りて来たる。夫れ善悪は空しく作らず、禍福は濫りに生ぜず、唯だ心の向かう所、志の行う所のみ。
現代語訳
だから仁者が位にあれば仁人が来て、義者が朝廷にあれば義士が集まります。そのため墨子の門下には勇士が多く、孔子の門下には道徳の人が多く、文王の朝廷には賢く善い人が多く、秦王の庭には不吉なことが多かったのです。善いものは必ず主とするものがあって来て、悪いものは必ず頼る所があって来ます。善悪はむなしく生まれず、禍福はみだりに生じません。ただ心の向かう所、志の行う所によるだけです。
解説
この篇の締めに近い、短く明快な段です。仁者が位にあれば仁人が来る、という同類相求の原理を、墨子・孔子・文王・秦王の四つの門・朝・庭で並べて示します。善も悪も、何かを拠り所にして集まってくる。禍福も偶然ではなく、心の向きと志の行いによるのだ、と結びます。陸賈は、人材や評判の集まり方を、長の姿勢の写しとして見ていると言えるでしょう。現代の経営でも、採用や定着の問題は、制度より先に経営者や管理職の価値観が映し出されている面があります。どんな人が集まるかは、自分が何を大切にしているかの鏡だと捉え直すきっかけになります。
この章句が説くこと
同類相求仁者人材志禍福新語
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