告志篇 / 危うきを避けてこそ真の剛の者
人により危き事いたし候を剛の者といひ、これを用心いたし候を臆病者と嘲り候は、大なる心得違と存候、人々の身は父母の遺體にて、此家につかへ候からは、我等の人に候へば、常ゝ君父の恩義を不忘、己れが身にても己が身と不思、大切に心懸候はゞ、危き事はかりそめにもなし得まじき筈に候、されば何程生れ付丈夫にても、求て不養生なる事をせず、何程弓馬等の藝達者にても、求て危き事をせず、平日は身體髮膚をも毀傷せずして、戰陣には萬人にすぐれ勇を振んと心懸候こそ、眞の剛の者とはいふべけれ、扨右に類したる事にて、大酒大醉の惡しきこといふ事は人々承知の事に候へば、知つゝこれに溺るゝ者なきにあらず、是亦士道不覺悟の至と存候、士は平日の心懸大切にて、一寸門を出候にも覺悟あるべき事と承及候、然るに沈醉して身體もよろけ本心をも失ふ時、萬一不慮の事あらんには、如何なる智者も分別出申間敷、武人にても心外の不覺をとるべし、其上喧嘩爭論等多分酒の上より起る事にて、武士たる者酒に使はれ喧嘩等いたし候は、恥辱なる事ならずや、前にもいへる如く、君父の恩義を忘れ、口腹の爲に不養生をし、身體もうみ、武士の働も自由ならず、剩へ大切の身命を縮るに至るは、何とも惜き事ならずや、されば常ゝ心懸、酒にかぎらず其身を愼み、士の覺悟を不忘樣致度事に候、後悔は疎忽より生じ、大難は細微より發候へば、一寸いたし候事にても疎略に不存、又大事に成候迄も少しも不驚樣、平日覺悟ありたき事に候、
新字:人により危き事いたし候を剛の者といひ、これを用心いたし候を臆病者と嘲り候は、大なる心得違と存候、人々の身は父母の遺体にて、此家につかへ候からは、我等の人に候へば、常ゝ君父の恩義を不忘、己れが身にても己が身と不思、大切に心懸候はゞ、危き事はかりそめにもなし得まじき筈に候、されば何程生れ付丈夫にても、求て不養生なる事をせず、何程弓馬等の芸達者にても、求て危き事をせず、平日は身体髪膚をも毀傷せずして、戦陣には万人にすぐれ勇を振んと心懸候こそ、真の剛の者とはいふべけれ、扨右に類したる事にて、大酒大酔の悪しきこといふ事は人々承知の事に候へば、知つゝこれに溺るゝ者なきにあらず、是亦士道不覚悟の至と存候、士は平日の心懸大切にて、一寸門を出候にも覚悟あるべき事と承及候、然るに沈酔して身体もよろけ本心をも失ふ時、万一不慮の事あらんには、如何なる智者も分別出申間敷、武人にても心外の不覚をとるべし、其上喧嘩争論等多分酒の上より起る事にて、武士たる者酒に使はれ喧嘩等いたし候は、恥辱なる事ならずや、前にもいへる如く、君父の恩義を忘れ、口腹の為に不養生をし、身体もうみ、武士の働も自由ならず、剰へ大切の身命を縮るに至るは、何とも惜き事ならずや、されば常ゝ心懸、酒にかぎらず其身を慎み、士の覚悟を不忘様致度事に候、後悔は疎忽より生じ、大難は細微より発候へば、一寸いたし候事にても疎略に不存、又大事に成候迄も少しも不驚様、平日覚悟ありたき事に候、
書き下し
人により危き事いたし候を剛の者といひ、これを用心いたし候を臆病者と嘲り候は、大なる心得違と存候、人々の身は父母の遺體にて、此家につかへ候からは、我等の人に候へば、常ゝ君父の恩義を不忘、己れが身にても己が身と不思、大切に心懸候はゞ、危き事はかりそめにもなし得まじき筈に候、されば何程生れ付丈夫にても、求て不養生なる事をせず、何程弓馬等の藝達者にても、求て危き事をせず、平日は身體髮膚をも毀傷せずして、戰陣には萬人にすぐれ勇を振んと心懸候こそ、眞の剛の者とはいふべけれ、扨右に類したる事にて、大酒大醉の惡しきこといふ事は人々承知の事に候へば、知つゝこれに溺るゝ者なきにあらず、是亦士道不覺悟の至と存候、士は平日の心懸大切にて、一寸門を出候にも覺悟あるべき事と承及候、然るに沈醉して身體もよろけ本心をも失ふ時、萬一不慮の事あらんには、如何なる智者も分別出申間敷、武人にても心外の不覺をとるべし、其上喧嘩爭論等多分酒の上より起る事にて、武士たる者酒に使はれ喧嘩等いたし候は、恥辱なる事ならずや、前にもいへる如く、君父の恩義を忘れ、口腹の爲に不養生をし、身體もうみ、武士の働も自由ならず、剩へ大切の身命を縮るに至るは、何とも惜き事ならずや、されば常ゝ心懸、酒にかぎらず其身を愼み、士の覺悟を不忘樣致度事に候、後悔は疎忽より生じ、大難は細微より發候へば、一寸いたし候事にても疎略に不存、又大事に成候迄も少しも不驚樣、平日覺悟ありたき事に候、
現代語訳
人によっては危ないことをする者を剛の者といい、用心する者を臆病者と嘲りますが、これは大きな心得違いと思います。人の身は父母の遺体であり、この家に仕える以上は、私の人でもありますから、常々君父の恩義を忘れず、自分の身でも自分の身と思わず大切に心がければ、危ないことはかりそめにもできないはずです。ですからどれほど生まれつき丈夫でも、求めて不養生なことをせず、どれほど弓馬などの芸が達者でも、求めて危ないことをせず、平日は身体髪膚を傷つけず、戦陣では万人にすぐれた勇を振るおうと心がけてこそ、真の剛の者というべきです。さてこれに類したことで、大酒大酔の悪いことは人々の承知していることなのに、知りながらこれに溺れる者がいないでもなく、これもまた士道を覚悟しない至りと思います。士は平日の心がけが大切で、ちょっと門を出るにも覚悟があるべきだと聞いています。それなのに泥酔して身体もよろけ本心も失う時、万一不慮の事があれば、どんな智者も分別が出ず、武人でも思いがけない不覚をとるでしょう。そのうえ喧嘩争論などは多く酒の上から起こるもので、武士たる者が酒に使われて喧嘩などをするのは、恥辱ではないでしょうか。前にも言ったように、君父の恩義を忘れ、口腹のために不養生をし、身体を損ない、武士の働きも自由にならず、あげくに大切な身命を縮めるに至るのは、何とも惜しいことではないでしょうか。ですから常々心がけ、酒にかぎらずその身を慎み、士の覚悟を忘れないようにしたいのです。後悔は粗忽から生じ、大難は些細なことから起こりますから、ちょっとしたことでも疎略に考えず、また大事になっても少しも驚かないよう、平日から覚悟していたいものです。
解説
この章句が説くこと
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『告志篇』・学問なき勇は士にあらず戰陣に臨みて勝敗を明らめ、生死を決し義理を分つ、學問にあらずしてそも〱また孰ぞや、然るに當世無學の士、是非黑白のわかちもなく、士は武藝を事として死べき塲にあらでも死す、學問は書生の事也、するにたらず學にたらず、せざるのみにあらず、又したがつてこれをそしる、是皆生を愛み死を畏るゝ者の言葉、士とするにたらざるべし、士たらんもの死は分内の事なり、只義に處するをもて難しとす、されば己れ死すべき塲なりとおもへる、かへつて死すまじき所にや、山賊强盜のたぐひ、死を見ること歸するがごとし、もし命を愛まぬをのみ士といはゞ、これらの人も士なるべし、かの禽獸すら鬪に臨んで命をかへりみず、もしよく鬪ひよく死するを以て士とせば、鷄犬のたぐひも士なるべしや、云々との給へり、其外 公には甚く文學の御世話ありける事、各も奉承知候事にて、申迄も無之間、能ゝ文武の一致なる儀を辨へ、兎に角に、修行專一に心懸、何事を學ぶとも、年月を賴まず、學んと志さば速に學ぶべし、勤向繁多、家事繁多と、一ゝ數へ立てゝいへば、ひまなきが如くなれども、己れの好む事するひまはある事なれば、好みさへすれば何事にても大方出來ぬといふはある間敷なり、何程勇力ありても、習はぬ武藝はする事あたはざるが如く、何程才氣ありても、生れのまゝにて學問せざれば、古今にくらきゆゑ、よき了簡分別も出申間敷候、南蠻鐵も數度の鍛を得て、名刀の名を得、白玉も磨瑳の數を經て、夜光の名は得る事なれば、生れのまゝにさし置かず、文武とも、壯年の者は猶更精を勵み候樣に致度候、
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『告志篇』・文武の枝葉に流れず本旨を守る太平の久しき、風俗浮華に赴き、文武ともに衰弊し、講釋等辯舌よく申述、詩文等達者に取廻し候を、文道と心得、弓馬槍刀等見事に取廻し候を、武道と心得候樣成行候處、是は文武の枝葉にて文武の本旨とはいふべからず候、然るに文武の枝葉さへ心懸候者少くして、無學文盲、人の人たる道をもしらず、柔弱游惰にて、士たるわけをも忘るゝ類あるは誠にあさましきことならずや、近來又一種の弊風を生じて、われは學問をも勤ずして、人の論を勸說し、武藝は勵ずして、身形刀劔をいかめしくし、或は孝悌忠信の道をば指置て、權謀術數を旨とし、人物の評論政事の批判等に日を費し、身を脩め家を齊る事に至りてはこれを度外に置候類、以の外なる風儀なきにしもあらず、君子欲訥於言而敏於行とさへ承候に、如此行跡は、抑如何なる心ぞや、是皆眞實の心薄くして、己を省るの心なきゆゑなるべし、仍ては正心誠意の學を本とし、恭敬の義を取失はず、武藝の義も表を飾るの意を止て、沈勇を尙び、篤實律義の士と成候樣可心懸候、古語にも、人各有能有不能といひ、又大臣小臣の差別も有事なれば、藝能に至りては家中一樣にせよといふにはあらず、經說史子の學をはじめ、射御書數の類に至る迄志し候て、必これを學び學び候はゞ、必これを遂候樣心懸、ともに國家の用に立候樣可致候、集て是を大成し、これを國家の用に供せば其益亦廣大ならずや、しかるに前ゝにも述る通り、我慢の心より面々の業をば勤ずして、空論の上にて、彼弊矯ん此弊を除んとせば、一弊を除けば一弊を生る道理なれば、申迄は無之候へども、指南の者は勿論、壯年脩業のものは心を用ゐて、とかく正心誠意の道を目當と可致事に候、
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『艮斎閑話抄録』・臆病稽古という真の勇者の心得江府は大都會にて五方の士民輻湊の地なれば、途中にて無禮を行ふ者もあるべし、然るに其無禮を責て口論となり、遂に殺傷に及は大なる痴漢なり、尤も格外に無禮甚しく、士道の疵になるは容忍しがたきともあれども、大體は宥免すべし、昔し或人、坂田の金時に勇士に成るべき工夫を問しに、臆病稽古せよと敎たる事、星野葛山の武學拾粹に見へたり、是は深き意味あることにて、凡そ勇士と云は愼み深き者にて、能く事理の輕重を辨じ、危き所に近よらず、人立多き所に行かず、堪忍を第一として喧嘩口論をなさず、人に對し無禮を行はず、人無禮なることありても敢て怒り取合はず、如此身を大切に守るは、吾身は君へ奉りし者にて、我自由にならざるゆへ、君の用に立べき爲なり、且つ愼無き者は油斷多く、人その透間に乘ずるとあれども、如此堅固に身を守るゆへ金城湯池の如く攻入る所なし、一旦君の爲に勇を發する時は、其忠誠純一の氣金石を貫き鐵壁を摧べし、是を眞の勇士と稱するなり、血氣の勇を好み爭鬪を喜ぶものは下郎の勇にして犬死にするとあるべし、但士のみに非ず、古の名將は愼深く臆病なる者なり、
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『告志篇』・入るを量って出ずるを制し質素を守る大臣小臣ともに、入を積りて出す事を加減いたし不申候ては、勝手の取直しも不相成、萬一の手當も行屆申間敷候間、常ゝの事は如何にも省器いたし、家の大小も分限相應を考へ、造作等手輕にこし候儀は無之事と存候、まして江戸の小屋は勿論に候、其外衣服飮食等成だけ質素を守り可申候、申迄は無之候へども、朝夕食する所の米穀は、粒々民の辛苦にして、人々祖先の勤勞等を以、先君より賜りたる所なれば、食する每に此所を不忘、一拜して箸を取ても可然程の事なり、然るに其本を打忘れ、佳肴なければ食はれぬ抔いふ樣のあさましき事に成により、豐年は勝手にならぬといふに至るは何とも聞えぬ事なり、若凶年にて民間より米穀も生ぜず、倉廩より扶持も不渡候はゞ、如何いたし可申や、金銀珠玉は飢て食ふべからず、又飽煖は淫欲を生じ、飢寒は善心を發といへり、凡家中の者、多分勝手をすり切、武備をも失ひたること、皆其本を忘れて奢侈に長じ、武士一統上品になりたるゆゑと存候、今其一事をいはんに、むかしは二百石三百石取者も心懸宜しく馬を持候處、今は馬を持といへば口取中間にのみまかせ、自身は牽さへ不致、鞍鐙も華美に無之てはならぬ樣に心得るは、皆其本を忘れて上品になりたる故なり、昔の如く自ら馬をもかりふせ起しをするより、何事も自身又は子弟にて世話いたし候はんには、持れぬ事はあるまじく、却て扱にもなれ宜敷事と存候、昔に比すれば、今は諸色も格別に高くなりたれば、猶更自身にて世話不致しては不叶事なり、譬へば三百石にて家內大勢の者を察し候はゞ、同祿にて人別少き者は馬も持るゝ筈なるに、馬も不持勝手もよからざるは如何なる故ぞや、心すべし、
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『武教講録』・飲食色欲・飲食と色欲を節して務めを保つ此篇、反復熟味して武士道を悟るべし、盖し一飲一食より男女袵席の間に至る迄、片時も武士の家業を忘れぬとなり、武士たる者は只今にも君命あらんには、槍を提げ馬に打乗り水火に驅込むべき身分なれば、飲食男女の欲を縱にし、疾病を生じ懶懦に陷り、氣根を弱くしては、武士道が闕るなり、一友あり甚だ飲酒を好む、某官と爲るに及んで頗る亦修飾して飲を謹む、一才人是を調して俗態とす、余乃ち一友の爲めに回護して云く、飲を謹む甚だ好し、吏たる者何時何事の生ぜんも度るべからず、酒を被る時事或は蠢心に失し、或は惰氣を生じ、何如なる不覺を致さんも知るべからず、平士にても戒しむべき事なり、況んや吏となりて職を任ずるをや、但し于定國の食酒至數石不亂、冬月治請讞飲酒益精明、と云如くならば酒を飲むと甚だ善し、若しそれ然らずんば、謹愼飲ざるに如かず、因て憶ふ、外史に載す、北條泰時已に和田義盛を敗り、酒を置て諸將士を勞して之に謂て云く、吾不復飲酒、嚮昔與宴、其明飢作、吾撮甲上馬而宿醉未醒、吾意、自今禁飲、已而戰數十合、渴而索水、葛西六郎、執榼進酒、我輙飲之甚矣、吾無常操也、吾不復飲也、と泰時も亦武士道に心ありと云べし、或人疑ふ、然らば武士たる者枯禪とならば可ならんか、余が曰く、是れ大に然らず、武士にして枯禪となり委靡頽廢して拾收すべからずんば、何ぞ武士とするに足らん、唯其心性活潑、身躰强壯、飮食男女ありと云ども、其躰を弱まし其心を弛ぶるに足らざるを以て、眞の武士と云べし、若し乃ち身修り家齊ひ三民の儀表となるに至ては、最も武士の心掛くべきとにして、又此篇尤も意を致す所なり、
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『告志篇』・平時にも備えを忘れず身を律する仍ては能ゝ此所を考、面々の心をきり替、役人の外なり迚、少しも其身を疎略に不致、行跡を嗜み、一家を濟、組中の交を睦しく、忠孝文武を以勵し合、番頭以上に至ては諸士の手本、自他の見張にも相成候職に候へば、別て言行をも愼み、何事によらず存寄之儀等は、我等へも申出、役人どもへも遂に判談、國家と休戚を共にする心得有之度存候、面々の心得かくの如くなりたらんには、風俗もいかでか改らざるべき、武備もいかでか整はざるべき、天下安くとも亂を忘れず、いつ何時 公邊より討手の大將被仰付候とも、一同少しも差支無之樣不心懸候ては、士の詮は無之候、士農工商夫々の持前ありて、今太平の世にも、農と工商とは夫々の業ありて、夫々心得もある事なるに、獨り士に至りて士の備なかるべけんや、然るに、太平なればとて武道の嗜もせず、飽食ひ煖に衣、今日迄安穩に暮したる厚き 御恩を忘れ、驕佚にのみ長じ、寒暑風雨に逢ても忽に邪氣を引受る樣なる柔弱の身となりては、士は四民の內の遊民なり、もしこれを恥かしく思はゞ、士の道を心懸、士の備をなし、不虞の用に供し可申候、恐多くも天祖の恩にて、 神國に生育し、 東照宮の德澤にて、太平に沐浴し、累代安樂にくらし居候事、申迄にも無之候へば、萬一事あらん時は、我等乍不肖、天朝、 公邊の御爲には、身命を塵芥よりも輕んじ、大恩を奉報候所存に候間、面々も其心得にて、我等何時出馬いたし候とも、差支無之樣、常ゝ心懸可申候也、天保四年癸巳三月廿三日齊昭 花押

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