告志篇 / 入るを量って出ずるを制し質素を守る
大臣小臣ともに、入を積りて出す事を加減いたし不申候ては、勝手の取直しも不相成、萬一の手當も行屆申間敷候間、常ゝの事は如何にも省器いたし、家の大小も分限相應を考へ、造作等手輕にこし候儀は無之事と存候、まして江戸の小屋は勿論に候、其外衣服飮食等成だけ質素を守り可申候、申迄は無之候へども、朝夕食する所の米穀は、粒々民の辛苦にして、人々祖先の勤勞等を以、先君より賜りたる所なれば、食する每に此所を不忘、一拜して箸を取ても可然程の事なり、然るに其本を打忘れ、佳肴なければ食はれぬ抔いふ樣のあさましき事に成により、豐年は勝手にならぬといふに至るは何とも聞えぬ事なり、若凶年にて民間より米穀も生ぜず、倉廩より扶持も不渡候はゞ、如何いたし可申や、金銀珠玉は飢て食ふべからず、又飽煖は淫欲を生じ、飢寒は善心を發といへり、凡家中の者、多分勝手をすり切、武備をも失ひたること、皆其本を忘れて奢侈に長じ、武士一統上品になりたるゆゑと存候、今其一事をいはんに、むかしは二百石三百石取者も心懸宜しく馬を持候處、今は馬を持といへば口取中間にのみまかせ、自身は牽さへ不致、鞍鐙も華美に無之てはならぬ樣に心得るは、皆其本を忘れて上品になりたる故なり、昔の如く自ら馬をもかりふせ起しをするより、何事も自身又は子弟にて世話いたし候はんには、持れぬ事はあるまじく、却て扱にもなれ宜敷事と存候、昔に比すれば、今は諸色も格別に高くなりたれば、猶更自身にて世話不致しては不叶事なり、譬へば三百石にて家內大勢の者を察し候はゞ、同祿にて人別少き者は馬も持るゝ筈なるに、馬も不持勝手もよからざるは如何なる故ぞや、心すべし、
新字:大臣小臣ともに、入を積りて出す事を加減いたし不申候ては、勝手の取直しも不相成、万一の手当も行届申間敷候間、常ゝの事は如何にも省器いたし、家の大小も分限相応を考へ、造作等手軽にこし候儀は無之事と存候、まして江戸の小屋は勿論に候、其外衣服飲食等成だけ質素を守り可申候、申迄は無之候へども、朝夕食する所の米穀は、粒々民の辛苦にして、人々祖先の勤労等を以、先君より賜りたる所なれば、食する毎に此所を不忘、一拝して箸を取ても可然程の事なり、然るに其本を打忘れ、佳肴なければ食はれぬ抔いふ様のあさましき事に成により、豊年は勝手にならぬといふに至るは何とも聞えぬ事なり、若凶年にて民間より米穀も生ぜず、倉廩より扶持も不渡候はゞ、如何いたし可申や、金銀珠玉は飢て食ふべからず、又飽煖は淫欲を生じ、飢寒は善心を発といへり、凡家中の者、多分勝手をすり切、武備をも失ひたること、皆其本を忘れて奢侈に長じ、武士一統上品になりたるゆゑと存候、今其一事をいはんに、むかしは二百石三百石取者も心懸宜しく馬を持候処、今は馬を持といへば口取中間にのみまかせ、自身は牽さへ不致、鞍鐙も華美に無之てはならぬ様に心得るは、皆其本を忘れて上品になりたる故なり、昔の如く自ら馬をもかりふせ起しをするより、何事も自身又は子弟にて世話いたし候はんには、持れぬ事はあるまじく、却て扱にもなれ宜敷事と存候、昔に比すれば、今は諸色も格別に高くなりたれば、猶更自身にて世話不致しては不叶事なり、譬へば三百石にて家内大勢の者を察し候はゞ、同禄にて人別少き者は馬も持るゝ筈なるに、馬も不持勝手もよからざるは如何なる故ぞや、心すべし、
書き下し
大臣小臣ともに、入を積りて出す事を加減いたし不申候ては、勝手の取直しも不相成、萬一の手當も行屆申間敷候間、常ゝの事は如何にも省器いたし、家の大小も分限相應を考へ、造作等手輕にこし候儀は無之事と存候、まして江戸の小屋は勿論に候、其外衣服飮食等成だけ質素を守り可申候、申迄は無之候へども、朝夕食する所の米穀は、粒々民の辛苦にして、人々祖先の勤勞等を以、先君より賜りたる所なれば、食する每に此所を不忘、一拜して箸を取ても可然程の事なり、然るに其本を打忘れ、佳肴なければ食はれぬ抔いふ樣のあさましき事に成により、豐年は勝手にならぬといふに至るは何とも聞えぬ事なり、若凶年にて民間より米穀も生ぜず、倉廩より扶持も不渡候はゞ、如何いたし可申や、金銀珠玉は飢て食ふべからず、又飽煖は淫欲を生じ、飢寒は善心を發といへり、凡家中の者、多分勝手をすり切、武備をも失ひたること、皆其本を忘れて奢侈に長じ、武士一統上品になりたるゆゑと存候、今其一事をいはんに、むかしは二百石三百石取者も心懸宜しく馬を持候處、今は馬を持といへば口取中間にのみまかせ、自身は牽さへ不致、鞍鐙も華美に無之てはならぬ樣に心得るは、皆其本を忘れて上品になりたる故なり、昔の如く自ら馬をもかりふせ起しをするより、何事も自身又は子弟にて世話いたし候はんには、持れぬ事はあるまじく、却て扱にもなれ宜敷事と存候、昔に比すれば、今は諸色も格別に高くなりたれば、猶更自身にて世話不致しては不叶事なり、譬へば三百石にて家內大勢の者を察し候はゞ、同祿にて人別少き者は馬も持るゝ筈なるに、馬も不持勝手もよからざるは如何なる故ぞや、心すべし、
現代語訳
大臣も小臣も、収入を見積もって支出を加減しなければ、暮らし向きの立て直しもできず、万一の備えも行き届かないでしょうから、常々の事はできるだけ倹約し、家の大小も分限に相応しいことを考え、造作などを手軽に始めることはないようにと思います。まして江戸の屋敷はなおさらです。そのほか衣服・飲食なども、できるだけ質素を守りなさい。言うまでもありませんが、朝夕食べる米穀は、一粒一粒が民の辛苦のたまものであり、人々の祖先の勤労などによって先君から賜ったものですから、食べるたびにここを忘れず、一拝して箸を取ってもよいほどのことです。それなのに本を忘れ、よい肴がなければ食べられないなどという浅ましいことになったため、豊年は暮らしが立たないというに至るのは、何とも理解できないことです。もし凶年で民間から米穀も生じず、蔵から扶持も渡せなくなったら、どうするつもりでしょうか。金銀珠玉は飢えても食べられません。また飽食暖衣は淫欲を生じ、飢えと寒さは善心を起こすといいます。およそ家中の者の多くが暮らしを使い果たし、武備まで失ったのは、みな本を忘れて奢侈に流れ、武士が一様に上品になったからと思います。今その一例を挙げれば、昔は二百石、三百石取りの者も心がけがよく馬を持っていましたが、今は馬を持つといえば口取りや中間に任せきりで、自身は引きもせず、鞍や鐙も華美でなければならないと心得ているのは、みな本を忘れて上品になったからです。昔のように自ら馬を刈り飼い、寝起きの世話をするなど、何事も自身や子弟で世話をすれば、持てないことはないはずで、かえって扱いにも慣れてよいと思います。昔に比べれば、今は物価も格別に高くなったので、なおさら自身で世話をしなければなりません。たとえば三百石で家内の大勢の者のことを思いやれば、同じ禄で人数の少ない者は馬も持てるはずなのに、馬も持たず暮らし向きも良くないのはどういう理由でしょうか。心すべきです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『明訓一班抄抄録』・治に亂を忘るべからざる事・質素と備えを世評に惑わされず守る別て婦女子町人は見通しもなく當座自分の勝手にさへ成らば能と心得て、質素儉約を惡口するも、眼前の事なれば、質素の政を設るからは、かばかりの誹にまよふ事は有まじきこと也、然れども婦女子は勿論、武士にも惡口する者多ければ、かくては取締は下々の難儀になる事よとおもひあやまりて、長き內には怠り出る者也、是其本をしらずして末のさたにて取行故也、婦女子町人悅とも、非常の節何の用にか立可申哉、且又町人どもも奢侈美麗になれば、夫丈けの掛直をして、買方の武士までの迷惑と成べき也、されば取締は骨も折、人にも惡まるれど、畢竟は天下の御爲を思ふ故也、左もなく奢侈をも禁ぜず、武士其家職に怠りても沙汰もせぬ時は、柔弱の士婦人町人等役人を譽れば、主君たる人も能役人と思ひ誤りて召遣ふ樣に成行者なり、自然の事あらば天下國家の安危に拘るべし、和漢其例少なからず、されば公邊は勿論、國主領主大將たらん人々は、其身一生は勿論、子孫にまでも、本文の御示敵を守り、質素儉約を旨とし、武備を勵まし、公邊にては、神君より傳へ給へる天下を末永く保ち給ふのみならず、後世迄も三代將軍有德公の如く名譽を殘し給ふ樣心を用ひ給ひ、國主領主は今非道の事有しとも、公邊御羽翼と成て、海外の夷狄も日本の勇武を恐るゝ程に仕向け給はん事、本朝への大忠、祖宗への大孝にて、國主始め天下への大忠、先祖への大孝といふべし、一日是をあたゝめて十日是をこどやかすにやあらん、五年七年質素儉約、武備の御世話有たりとも、萬一是をゆるむる時は、奢侈の風たちまち萌すべし、武藝三日休みてだに心にまかせざるものなり、されば前文の明訓終身怠り給はず、永世へ名譽を殘し給ふ樣に、伏て願ふ所なり、出家の僞言を誠とする事なかれ、出家も悟を開きたる者は自分僞言とはしれども、元より人を欺く職業なれば、欺くもことはり也、
-
『明訓一班抄抄録』・奢侈を禁ずべき事・斉昭の按語 倹約は武備の土台齊昭謹案に、和漢古今共明將賢君と聞ゆる人に儉約を不用なし、如何となれば其國に生れては其國を守り、外夷に不被奪樣にする事君へ忠祖宗への孝なり、然れば質素儉約してさえ、武備を手厚くせんは難し、ましてや、質素の政不行して武備を手厚くせん事は成がたき故なり、乍去君柔弱なる時は奸吏奸僧女子町人抔、本より武備をせんよりは今日花美をして身を樂しみ、我祿何故に給はると言事をさえ忘るゝ者多きなり、婦人僧侶は勿論戰爭の事に不拘ば終身榮花にさえ暮す時はよひとおもひ、扨又萬一の事有時は僧侶は戰爭の事は我持前にあらず、我等怨敵退散の御祈禱の職なりとて無益の祈禱に物を費し、危には近寄ず、勝利有時は祈禱のしるし有樣に言なし、又勝利なき時は武士の怠に言なし、統て自分のがるゝ事のみなり、斯る者の言事を信ずる時は國家危かるべし、本より僧侶は天下の大體を不知、我朝に生れて異端を行ひ、人にもすゝめ、自分當座の勝手のみ思ひて人を欺く故、闇君俗吏は是を信じて、儉約せざるが下の爲の樣にいつも〱思ひあやまちて、格別にふまえなき者は闇に引入らるゝ者なり、可恐事なり、物事統て取締人は心なき人々には惡しくいはれ、自分までても骨の折る物故、明君ならでは質素儉約して文武の世話する事は不能なり、さる故に末世にても其名聞ゆる事なり、取締の有志の者は勿論よきと言べく、百姓町人にても永世を見通したる町人やはり悅べし、只心なき士婦人僧侶小町人にてせまじき商ひする者が嫌ふ事なり、是等の爲に取締を止て、當座譽れを求め、永世主君の名を穢す事なかれ、常々儉約を守りてだに飢饉の手當又は非常の手當は難き事成に、ましてや常々美麗柔弱にして非常の事あらば如何なすべきや、三代將軍有德公の御儉約にてさえ常々質素儉約武備を御勵し被遊たるを、況や今我々の愚將たらん者儉約をせず武備を捨て、
-
『告志篇』・奢侈を改める目的と許される楽しみ風俗を正しく武備を整んが爲に、宴會淫樂等の奢侈を止め、綿服等の質素を命じたるも、畢竟面々の爲を存候故致世話候を、左は不思して、宴會を禁ずれば茶會をせんといひ、麁服を達すれば我等はむさき事好む樣にいひて、我等が前、又客抔有之節は求て麁服を用ゐ、扨己が他出の節は美服を用ゐ、夫も士を飾る事かと思へば、服のみ美にして槍も不立、少しく勝手直りたると思ふ時は、武備の心懸はせずして制禁の塲に赴き、又は湯治等にかこつけ、無用に金銀を費して樂み候樣なる惡風なきにしもあらず、人々文武の道をも心懸、不虞の手當も整たる上の身の程々により、酒も茶も保養にいたし候は禁ぜざれども、何事も時の下知に遵ひ、男だての樣に思ふは如何なる心ぞや、それ樂みといふも、人にはなくて不叶事なれば、一槩に辛苦艱難のみな□しめて、毫髮も樂はなさせまじきといふにはあらず、されば、面々さへ厚存入、勝手も直り、武備も整たる上には、何程も相應の樂あるべきなり、孔子の飯蔬食飮水、樂亦在其中、とのたまひ、
-
『告志篇』・武具は実用を旨とし偏って集めない武器を好候迄、甲冑を好て多く集め候人もあり、又は刀劒を好て多く集め候人も有之、何れも惡からぬ事にて候得ども、全備いたし候上にて、其餘は好み候品を多く集め候は格別、只一方のみ多く集め候は、好事の患なきにしもあらず、されば小臣は勿論、大臣迄も、槍刀は至極の名作を好にも不及、折ず曲らざる業物を心掛、物具も美麗を不好、鍛のよきを心掛、馬も毛色抔を不好、いき足のよきを飼立、其外皆實用一通にて可然なり、かく手輕く心懸候ても、其々取揃、今出陣するにも指支無之樣いたし候は、當世にては、容易なるまじきなれば、人々油斷なき樣にと存候、
-
『告志篇』・平時にも備えを忘れず身を律する仍ては能ゝ此所を考、面々の心をきり替、役人の外なり迚、少しも其身を疎略に不致、行跡を嗜み、一家を濟、組中の交を睦しく、忠孝文武を以勵し合、番頭以上に至ては諸士の手本、自他の見張にも相成候職に候へば、別て言行をも愼み、何事によらず存寄之儀等は、我等へも申出、役人どもへも遂に判談、國家と休戚を共にする心得有之度存候、面々の心得かくの如くなりたらんには、風俗もいかでか改らざるべき、武備もいかでか整はざるべき、天下安くとも亂を忘れず、いつ何時 公邊より討手の大將被仰付候とも、一同少しも差支無之樣不心懸候ては、士の詮は無之候、士農工商夫々の持前ありて、今太平の世にも、農と工商とは夫々の業ありて、夫々心得もある事なるに、獨り士に至りて士の備なかるべけんや、然るに、太平なればとて武道の嗜もせず、飽食ひ煖に衣、今日迄安穩に暮したる厚き 御恩を忘れ、驕佚にのみ長じ、寒暑風雨に逢ても忽に邪氣を引受る樣なる柔弱の身となりては、士は四民の內の遊民なり、もしこれを恥かしく思はゞ、士の道を心懸、士の備をなし、不虞の用に供し可申候、恐多くも天祖の恩にて、 神國に生育し、 東照宮の德澤にて、太平に沐浴し、累代安樂にくらし居候事、申迄にも無之候へば、萬一事あらん時は、我等乍不肖、天朝、 公邊の御爲には、身命を塵芥よりも輕んじ、大恩を奉報候所存に候間、面々も其心得にて、我等何時出馬いたし候とも、差支無之樣、常ゝ心懸可申候也、天保四年癸巳三月廿三日齊昭 花押
-
『告志篇』・文武の枝葉に流れず本旨を守る太平の久しき、風俗浮華に赴き、文武ともに衰弊し、講釋等辯舌よく申述、詩文等達者に取廻し候を、文道と心得、弓馬槍刀等見事に取廻し候を、武道と心得候樣成行候處、是は文武の枝葉にて文武の本旨とはいふべからず候、然るに文武の枝葉さへ心懸候者少くして、無學文盲、人の人たる道をもしらず、柔弱游惰にて、士たるわけをも忘るゝ類あるは誠にあさましきことならずや、近來又一種の弊風を生じて、われは學問をも勤ずして、人の論を勸說し、武藝は勵ずして、身形刀劔をいかめしくし、或は孝悌忠信の道をば指置て、權謀術數を旨とし、人物の評論政事の批判等に日を費し、身を脩め家を齊る事に至りてはこれを度外に置候類、以の外なる風儀なきにしもあらず、君子欲訥於言而敏於行とさへ承候に、如此行跡は、抑如何なる心ぞや、是皆眞實の心薄くして、己を省るの心なきゆゑなるべし、仍ては正心誠意の學を本とし、恭敬の義を取失はず、武藝の義も表を飾るの意を止て、沈勇を尙び、篤實律義の士と成候樣可心懸候、古語にも、人各有能有不能といひ、又大臣小臣の差別も有事なれば、藝能に至りては家中一樣にせよといふにはあらず、經說史子の學をはじめ、射御書數の類に至る迄志し候て、必これを學び學び候はゞ、必これを遂候樣心懸、ともに國家の用に立候樣可致候、集て是を大成し、これを國家の用に供せば其益亦廣大ならずや、しかるに前ゝにも述る通り、我慢の心より面々の業をば勤ずして、空論の上にて、彼弊矯ん此弊を除んとせば、一弊を除けば一弊を生る道理なれば、申迄は無之候へども、指南の者は勿論、壯年脩業のものは心を用ゐて、とかく正心誠意の道を目當と可致事に候、

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る