告志篇 / 利を見て義を思い子孫に学を遺す
利欲は人情誰にても有之事に候へども、人は如何成候ても己れさへ利あれば宜きと思ふは、あさましき事にて、士にはあるまじき事に候間、利を見ては義を思ふといふ、聖語忘間敷候、人も我も一同に利になり候樣公平なる事に候はゞ、利も惡しきにあらず候へども、人をくるしめて己れを利し、廉恥を忘れ、金銀を好候抔は沙汰の限に候、凡士たる者は俸祿にて一年の出入を定め、身分相應に普代の家來をも持、不虞の備も行屆、子孫には德行道藝を學ばしめ、國家の用に立候樣敎育いたし候はゞ、別て金銀を貯候には不及事なり、もし非道の金銀を貯へ、子孫へ讓り候迄も、數なくして子孫愚なる時は、金銀も却て放蕩邪淫の媒となりて、讓らざるには遙に劣るべければ、金銀を讓んよりは、子孫を敎ふるほど、君の爲家の爲になる事はある間敷候、子孫敎育之儀は、其親々如在も有間敷候へども、當時の風俗、大臣の子弟は其父兄の故を以、人も疎略不致、無理をいひても其儘通し置候故、我まゝのみ增長し、小臣を見下し候類もありときく、大臣の子弟は行々政務にも預り、國の柱石ともなるべき身なれば、別して學問等をも勵み、下情にも通達する樣にと敎ふべきに、左はなくて、
新字:利欲は人情誰にても有之事に候へども、人は如何成候ても己れさへ利あれば宜きと思ふは、あさましき事にて、士にはあるまじき事に候間、利を見ては義を思ふといふ、聖語忘間敷候、人も我も一同に利になり候様公平なる事に候はゞ、利も悪しきにあらず候へども、人をくるしめて己れを利し、廉恥を忘れ、金銀を好候抔は沙汰の限に候、凡士たる者は俸禄にて一年の出入を定め、身分相応に普代の家来をも持、不虞の備も行届、子孫には徳行道芸を学ばしめ、国家の用に立候様教育いたし候はゞ、別て金銀を貯候には不及事なり、もし非道の金銀を貯へ、子孫へ譲り候迄も、数なくして子孫愚なる時は、金銀も却て放蕩邪淫の媒となりて、譲らざるには遥に劣るべければ、金銀を譲んよりは、子孫を教ふるほど、君の為家の為になる事はある間敷候、子孫教育之儀は、其親々如在も有間敷候へども、当時の風俗、大臣の子弟は其父兄の故を以、人も疎略不致、無理をいひても其儘通し置候故、我まゝのみ增長し、小臣を見下し候類もありときく、大臣の子弟は行々政務にも預り、国の柱石ともなるべき身なれば、別して学問等をも励み、下情にも通達する様にと教ふべきに、左はなくて、
書き下し
利欲は人情誰にても有之事に候へども、人は如何成候ても己れさへ利あれば宜きと思ふは、あさましき事にて、士にはあるまじき事に候間、利を見ては義を思ふといふ、聖語忘間敷候、人も我も一同に利になり候樣公平なる事に候はゞ、利も惡しきにあらず候へども、人をくるしめて己れを利し、廉恥を忘れ、金銀を好候抔は沙汰の限に候、凡士たる者は俸祿にて一年の出入を定め、身分相應に普代の家來をも持、不虞の備も行屆、子孫には德行道藝を學ばしめ、國家の用に立候樣敎育いたし候はゞ、別て金銀を貯候には不及事なり、もし非道の金銀を貯へ、子孫へ讓り候迄も、數なくして子孫愚なる時は、金銀も却て放蕩邪淫の媒となりて、讓らざるには遙に劣るべければ、金銀を讓んよりは、子孫を敎ふるほど、君の爲家の爲になる事はある間敷候、子孫敎育之儀は、其親々如在も有間敷候へども、當時の風俗、大臣の子弟は其父兄の故を以、人も疎略不致、無理をいひても其儘通し置候故、我まゝのみ增長し、小臣を見下し候類もありときく、大臣の子弟は行々政務にも預り、國の柱石ともなるべき身なれば、別して學問等をも勵み、下情にも通達する樣にと敎ふべきに、左はなくて、
現代語訳
利欲は人情として誰にでもあるものですが、人はどうなっても自分さえ利益があればよいと思うのは浅ましいことで、士にはあってはならないことですから、利を見ては義を思うという聖人の言葉を忘れてはなりません。人も自分も同じく利益になるように公平であれば、利も悪いものではありませんが、人を苦しめて自分を利し、廉恥を忘れて金銀を好むなどは言語道断です。およそ士たる者は俸禄で一年の収支を定め、身分相応に譜代の家来も持ち、不意の備えも行き届かせ、子孫には徳行・道芸を学ばせ、国家の役に立つよう教育すれば、とくに金銀を貯めるには及びません。もし不正な金銀を貯えて子孫に譲っても、その額が多くなく子孫が愚かであれば、金銀はかえって放蕩邪淫のきっかけとなり、譲らないよりはるかに劣るでしょうから、金銀を譲るよりも子孫を教えることほど、君のため家のためになることはないでしょう。子孫教育のことは、親たちにも手抜かりはないでしょうが、当節の風俗では、大臣の子弟は父兄の関係で人も疎略に扱わず、無理を言ってもそのまま通してしまうため、わがままだけが増長し、小臣を見下す類もあると聞きます。大臣の子弟は行く行く政務にも関わり、国の柱石ともなるべき身ですから、とくに学問などにも励み、下の事情にも通じるよう教えるべきなのに、そうではなくて、
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『告志篇』・幼年の習慣と十五歳以降の学びを大切に幼年より貴さを挾む樣に、惡しく癖を付候はよからぬ事なり、且大臣小臣に限らず、幼年の內は文武の藝を勵むといへども、十五以上にもなり候へば、却て修業を怠り、讀書をも恥べき事の樣に成行、武藝も大抵廿餘歲にも至候へば精を出さず、金銀酒色等の欲に溺るゝは嘆しき事なり、天下の達尊三ッとあれば、朝廷にて忝子供にても、爵は爵にて尊ぶべけれども、德を尊び齒を尊ぶ事もなくて叶ふまじく候、然るに、親々の威を挾み、先生長者をも敬せざる樣にては不宜事に候、聖人にてすら十五にして學に志すとあり、まして常の人は、十五以前には日當も不立事なれば、子供は子供相應の事をいたし、文武の業も子供だけにいたさせ置、十五以上にも至、己より精を出し候心に相成候期をのがさず、能勵し敎候てこそ脩業も屆くべけれ、然るに、其頃に至候へば親々深く世話不致は、一統の弊風とは乍言、聞えぬ事なり、神樂の歌に「深山には、あられふるらし、外山なる、まさきのかつら、色つきにけり、」易に履霜堅氷至とも見えたり、何事も最初の習はしから可有之間、子弟の敎育は厚く心を用候事、我等への大なる奉公と存候、大臣の議は、猶更敎誨ありたき事に候、
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『告志篇』・人の才を妬まず誠信を本とする何事によらず、己れの能を挾みて、人の能を妬み抔するは、いといやしき心なり、何事にても我より先なる者あらば聽ことを恥ず、子供にも問べく、又我より後なるものをば能世話いたし引立候樣にすべし、家中に藝能等すぐれたる者多く出來候は、主君の爲なり、然るに文武に限らず、同流にても他流にても、上手の者を妬み抔するは、主君へ對し不忠なる事ならずや、己れの不遇を恨、人の立身を羨み嫉む抔は、猶更士には有間敷事なり、我等乍不肖、士民の上に臨み居候上は、家中の賢能を勸め、邪慝を懲しめ申度、常ゝ心を用ゐ候得ども、知人の難きは、聖人の病給ふ所にて、中々行屆兼候間、餘多の家中には善をなしてかくれ居候も可有之、又惡をなしてのがれ居候も可有之、日夜致苦心候處、面々に於ては我等の心を推察いたし、正道を守り邪行を戒め候樣致度事に候、然るに誰某は善行あれども上の賞にも預らねば、善をなすも無益なりと思ひ、誰某は惡事あれども罰も蒙らねば、惡をなし候ても申譯ありといひ、一人や二人の進退を見て忽に心を動し、惡をなし候樣なる者は、我家中にはあるまじく候、何事によらず、定置所の法度、又は父母師友の敎戒を守るは勿論に候へども、夫迄にも無之、大抵の人は是は善是は惡と申儀分ればこそ、惡き事は忍び隱れて行ひ候へば、一向善惡の境不相辨とは申がたく、多分は己れも惡敷と存じ、人よりも心を付られ候をも知つゝ行ひ候事に候へば、求て行ひ候も同樣なるべし、かくれたるより顯るはなしといへり、ゆめ〱いつはりなく、誠信を本とし、內省不疚の聖語、服膺致たき事に候。
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『明君家訓』第20条(三)さて申候、やうは、士たるもの、家に衣食をつくりなば、それを業とする人の、いかゞしてその利を得て、すぎはひとせんやといへり、その身魯國の執權をも仕けるが、惣じて祿を食むものは下民と利を爭ことをかたくいましめけるとなり、今某が家臣の面々、日來それ〱に相應の祿をあたへ置候て、國中の百姓町人等、かりそめにも慮外いたさゞるやうに申付候、しかるうへは、利欲のこゝろざしを捨て、廉耻の行をはげまし、百姓町人に對して、いさゝかはづかしきふるまひなく、公儀休がむかしをしたはるべく候、猶更くはしく穿鑿いたし候はゞ、惣じて利欲と申ときは、金銀にかぎらず、所詮をのれが手よりもとむるは皆利欲にて候、たとへば同樣の事をとり行ひ候ても、私の手よりを以てすると、おほやけの義理を見て行ふとは、一念の上にては毫釐のたがひにて候へども、畢竟君子、小人、王覇、治亂のさかひもこれよりわかれ候へば、末は千里の謬にも成申候、去によつて義利の辨とて、先賢もくはしく議論をあらはし、これを簡要の事に沙汰しおかれ候、をの〱其書をよみて其義をさとり、ゆだんなく工夫いたさるべく候、事ながく候間今度爰に令省略候、
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『告志篇』・忠孝は身分に応じた順序で尽くす今世にはよく父母を養ひ、衣食等の世話行屆き候を孝子と唱へ候處、これも孝の一端には候へども、庶人の孝にて士の孝とは申し難く存候、孝經にも、天子より庶人に至るまで、其立塲により孝にも夫夫次第有之樣相見え候、扨又人々、天祖、東照宮の御恩を報んとて惡しく心得違ひ、眼前の君父をもさし置、たゞちに天朝、公邊へ忠を盡さむと思はゞ、却て僭亂の罪のがるまじく候、されば忠も其身分により次第有之事に候へば、前にもいへる如く、兎に角に面々の身分を考へ、眞實に心を用候はゞ、自ら過不及も有之間敷候、申迄は無之候へども、天祖の恩賚にて萬民生育いたし、東照宮の德澤にて國家太平に相成、先君先祖の餘慶にて面々祿位を保ち居候處、年を經世を歷るに從ひ、本を忘れ恩を忘れ候は愚なる事ならずや、恐多くも今の天朝はまさしく天祖の日嗣に被爲渡、今の 將軍家は即ち東照宮の神孫に被爲在、乍不肖我等は 威公の血脉を傳へ、各は先祖々々の家系を繼來候事に候へば、此所能ゝ相辨へ、天祖、東照宮の御恩を報んとならば、先君先祖の恩を報んと心懸候外有之間敷候、先君先祖の恩を報んとならば、眼前の君父に忠孝を盡し候外有之間敷候、萬一右之外に忠孝の道ありといはゞ、皆是異端邪說と存候間、忠孝一致と相辨へ、心得違無之樣致度事に候、
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『告志篇』・入るを量って出ずるを制し質素を守る大臣小臣ともに、入を積りて出す事を加減いたし不申候ては、勝手の取直しも不相成、萬一の手當も行屆申間敷候間、常ゝの事は如何にも省器いたし、家の大小も分限相應を考へ、造作等手輕にこし候儀は無之事と存候、まして江戸の小屋は勿論に候、其外衣服飮食等成だけ質素を守り可申候、申迄は無之候へども、朝夕食する所の米穀は、粒々民の辛苦にして、人々祖先の勤勞等を以、先君より賜りたる所なれば、食する每に此所を不忘、一拜して箸を取ても可然程の事なり、然るに其本を打忘れ、佳肴なければ食はれぬ抔いふ樣のあさましき事に成により、豐年は勝手にならぬといふに至るは何とも聞えぬ事なり、若凶年にて民間より米穀も生ぜず、倉廩より扶持も不渡候はゞ、如何いたし可申や、金銀珠玉は飢て食ふべからず、又飽煖は淫欲を生じ、飢寒は善心を發といへり、凡家中の者、多分勝手をすり切、武備をも失ひたること、皆其本を忘れて奢侈に長じ、武士一統上品になりたるゆゑと存候、今其一事をいはんに、むかしは二百石三百石取者も心懸宜しく馬を持候處、今は馬を持といへば口取中間にのみまかせ、自身は牽さへ不致、鞍鐙も華美に無之てはならぬ樣に心得るは、皆其本を忘れて上品になりたる故なり、昔の如く自ら馬をもかりふせ起しをするより、何事も自身又は子弟にて世話いたし候はんには、持れぬ事はあるまじく、却て扱にもなれ宜敷事と存候、昔に比すれば、今は諸色も格別に高くなりたれば、猶更自身にて世話不致しては不叶事なり、譬へば三百石にて家內大勢の者を察し候はゞ、同祿にて人別少き者は馬も持るゝ筈なるに、馬も不持勝手もよからざるは如何なる故ぞや、心すべし、
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『武士訓』卷二・第3段右にいふごとく。士は義理にさときを專とすべし。義理にさときものは利慾にうとく。利欲にさときものは義理にうとし。有眼の人は。利欲にさときものをみては。さてぞ義理にうとからんと思ふとなり。利をこのませず。いさぎよからしめん爲にこそ。君より俸祿をたまはりて。身をたてり。しかるを。忠孝の道をわきまえず。文武の業をならはず。剩恒産ある身ながら。恒産なき商のごとく。米銀をとりあつかひ。利倍をこのむ者あり。見る目もうたてゝ。きく耳もなをいとはし。

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