告志篇 / 平時にも備えを忘れず身を律する
仍ては能ゝ此所を考、面々の心をきり替、役人の外なり迚、少しも其身を疎略に不致、行跡を嗜み、一家を濟、組中の交を睦しく、忠孝文武を以勵し合、番頭以上に至ては諸士の手本、自他の見張にも相成候職に候へば、別て言行をも愼み、何事によらず存寄之儀等は、我等へも申出、役人どもへも遂に判談、國家と休戚を共にする心得有之度存候、面々の心得かくの如くなりたらんには、風俗もいかでか改らざるべき、武備もいかでか整はざるべき、天下安くとも亂を忘れず、いつ何時 公邊より討手の大將被仰付候とも、一同少しも差支無之樣不心懸候ては、士の詮は無之候、士農工商夫々の持前ありて、今太平の世にも、農と工商とは夫々の業ありて、夫々心得もある事なるに、獨り士に至りて士の備なかるべけんや、然るに、太平なればとて武道の嗜もせず、飽食ひ煖に衣、今日迄安穩に暮したる厚き 御恩を忘れ、驕佚にのみ長じ、寒暑風雨に逢ても忽に邪氣を引受る樣なる柔弱の身となりては、士は四民の內の遊民なり、もしこれを恥かしく思はゞ、士の道を心懸、士の備をなし、不虞の用に供し可申候、恐多くも天祖の恩にて、 神國に生育し、 東照宮の德澤にて、太平に沐浴し、累代安樂にくらし居候事、申迄にも無之候へば、萬一事あらん時は、我等乍不肖、天朝、 公邊の御爲には、身命を塵芥よりも輕んじ、大恩を奉報候所存に候間、面々も其心得にて、我等何時出馬いたし候とも、差支無之樣、常ゝ心懸可申候也、天保四年癸巳三月廿三日齊昭 花押
新字:仍ては能ゝ此所を考、面々の心をきり替、役人の外なり迚、少しも其身を疎略に不致、行跡を嗜み、一家を済、組中の交を睦しく、忠孝文武を以励し合、番頭以上に至ては諸士の手本、自他の見張にも相成候職に候へば、別て言行をも慎み、何事によらず存寄之儀等は、我等へも申出、役人どもへも遂に判談、国家と休戚を共にする心得有之度存候、面々の心得かくの如くなりたらんには、風俗もいかでか改らざるべき、武備もいかでか整はざるべき、天下安くとも乱を忘れず、いつ何時 公辺より討手の大将被仰付候とも、一同少しも差支無之様不心懸候ては、士の詮は無之候、士農工商夫々の持前ありて、今太平の世にも、農と工商とは夫々の業ありて、夫々心得もある事なるに、独り士に至りて士の備なかるべけんや、然るに、太平なればとて武道の嗜もせず、飽食ひ煖に衣、今日迄安穏に暮したる厚き 御恩を忘れ、驕佚にのみ長じ、寒暑風雨に逢ても忽に邪気を引受る様なる柔弱の身となりては、士は四民の内の遊民なり、もしこれを恥かしく思はゞ、士の道を心懸、士の備をなし、不虞の用に供し可申候、恐多くも天祖の恩にて、 神国に生育し、 東照宮の徳沢にて、太平に沐浴し、累代安楽にくらし居候事、申迄にも無之候へば、万一事あらん時は、我等乍不肖、天朝、 公辺の御為には、身命を塵芥よりも軽んじ、大恩を奉報候所存に候間、面々も其心得にて、我等何時出馬いたし候とも、差支無之様、常ゝ心懸可申候也、天保四年癸巳三月廿三日斉昭 花押
書き下し
仍ては能ゝ此所を考、面々の心をきり替、役人の外なり迚、少しも其身を疎略に不致、行跡を嗜み、一家を濟、組中の交を睦しく、忠孝文武を以勵し合、番頭以上に至ては諸士の手本、自他の見張にも相成候職に候へば、別て言行をも愼み、何事によらず存寄之儀等は、我等へも申出、役人どもへも遂に判談、國家と休戚を共にする心得有之度存候、面々の心得かくの如くなりたらんには、風俗もいかでか改らざるべき、武備もいかでか整はざるべき、天下安くとも亂を忘れず、いつ何時 公邊より討手の大將被仰付候とも、一同少しも差支無之樣不心懸候ては、士の詮は無之候、士農工商夫々の持前ありて、今太平の世にも、農と工商とは夫々の業ありて、夫々心得もある事なるに、獨り士に至りて士の備なかるべけんや、然るに、太平なればとて武道の嗜もせず、飽食ひ煖に衣、今日迄安穩に暮したる厚き 御恩を忘れ、驕佚にのみ長じ、寒暑風雨に逢ても忽に邪氣を引受る樣なる柔弱の身となりては、士は四民の內の遊民なり、もしこれを恥かしく思はゞ、士の道を心懸、士の備をなし、不虞の用に供し可申候、恐多くも天祖の恩にて、 神國に生育し、 東照宮の德澤にて、太平に沐浴し、累代安樂にくらし居候事、申迄にも無之候へば、萬一事あらん時は、我等乍不肖、天朝、 公邊の御爲には、身命を塵芥よりも輕んじ、大恩を奉報候所存に候間、面々も其心得にて、我等何時出馬いたし候とも、差支無之樣、常ゝ心懸可申候也、天保四年癸巳三月廿三日齊昭 花押
現代語訳
そこで、よくこの点を考え、各自の心を切り替え、役人のほかだからといって少しもわが身を疎略にせず、行跡を慎み、一家を整え、組中の交わりを睦まじくし、忠孝文武で励まし合い、番頭以上の者は諸士の手本、自他の見張りにもなる職ですから、とくに言行を慎み、何事によらず考えは私にも申し出、役人たちとも十分に相談し、国家と喜びも憂いも共にする心得をもってほしいと思います。各自の心得がこのようになれば、風俗がどうして改まらないことがあるでしょうか。武備がどうして整わないことがあるでしょうか。天下が安らかでも乱を忘れず、いつ何時公辺から討手の大将を仰せつけられても、一同が少しの差し支えもないよう心がけなければ、士の甲斐はありません。士農工商にそれぞれの持ち前があり、今の太平の世でも、農と工商はそれぞれの業があり、それぞれ心得もあるのに、ひとり士だけが士の備えがなくてよいでしょうか。それなのに、太平だからといって武道のたしなみもせず、存分に食べ暖かく着て今日まで安穏に暮らしてきた厚い御恩を忘れ、驕り怠けるばかりを重ね、寒暑風雨に遭ってもたちまち邪気を受けるような柔弱な身になっては、士は四民の内の遊民です。もしこれを恥ずかしく思うなら、士の道を心がけ、士の備えをなし、不意の用に供しなさい。恐れ多くも天祖の恩で神国に生育し、東照宮の恩徳で太平に浴し、代々安楽に暮らしていることは、言うまでもないことですから、万一事が起こった時は、私は不肖ながら朝廷・公辺のために、身命を塵芥よりも軽んじて大恩に報いる所存ですので、各自もその心得で、私がいつ出馬しても差し支えのないよう、常々心がけなさい。天保四年癸巳三月二十三日、斉昭(花押)
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『告志篇』・文武の枝葉に流れず本旨を守る太平の久しき、風俗浮華に赴き、文武ともに衰弊し、講釋等辯舌よく申述、詩文等達者に取廻し候を、文道と心得、弓馬槍刀等見事に取廻し候を、武道と心得候樣成行候處、是は文武の枝葉にて文武の本旨とはいふべからず候、然るに文武の枝葉さへ心懸候者少くして、無學文盲、人の人たる道をもしらず、柔弱游惰にて、士たるわけをも忘るゝ類あるは誠にあさましきことならずや、近來又一種の弊風を生じて、われは學問をも勤ずして、人の論を勸說し、武藝は勵ずして、身形刀劔をいかめしくし、或は孝悌忠信の道をば指置て、權謀術數を旨とし、人物の評論政事の批判等に日を費し、身を脩め家を齊る事に至りてはこれを度外に置候類、以の外なる風儀なきにしもあらず、君子欲訥於言而敏於行とさへ承候に、如此行跡は、抑如何なる心ぞや、是皆眞實の心薄くして、己を省るの心なきゆゑなるべし、仍ては正心誠意の學を本とし、恭敬の義を取失はず、武藝の義も表を飾るの意を止て、沈勇を尙び、篤實律義の士と成候樣可心懸候、古語にも、人各有能有不能といひ、又大臣小臣の差別も有事なれば、藝能に至りては家中一樣にせよといふにはあらず、經說史子の學をはじめ、射御書數の類に至る迄志し候て、必これを學び學び候はゞ、必これを遂候樣心懸、ともに國家の用に立候樣可致候、集て是を大成し、これを國家の用に供せば其益亦廣大ならずや、しかるに前ゝにも述る通り、我慢の心より面々の業をば勤ずして、空論の上にて、彼弊矯ん此弊を除んとせば、一弊を除けば一弊を生る道理なれば、申迄は無之候へども、指南の者は勿論、壯年脩業のものは心を用ゐて、とかく正心誠意の道を目當と可致事に候、
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『告志篇』・本を思い恩に報いる心がけ告志篇我等淺學不才にて義理文辭とも行屆兼候へども、 存付候事包み居候ては我等の愚意も不相分、愚意なりとてかくすべきにもあらねば、かきつゞりて一冊となし、近侍のものへ爲見候なり、敢て老成人に示さんとにはあらず、少年後進の輩、見及び聞及びにて尤と存相守候はゞ、大幸の事と存候也、人は貴き賤きによらず、本を思ひ恩に報い候樣心懸候儀專一と存候、抑 日本は 神聖の國にして、天祖天孫統を垂れ極を建給ひしよりこのかた、明德の遠き太陽とゝもに照臨まし〱、寶祚の隆なる天壤とゝもに窮りなく、君臣父子の常道より、衣食住の日用に至るまで、皆これ天祖の恩賚にして、萬民永く飢寒の患を免れ、天下敢て非望の念を萌さず、難有と申も恐多き御事なり、然れども、數千年の久しきうちに盛衰なき事あたはず、或は治り或は亂れ、永祿天正の間に至て天下の亂極まりしかど、東照宮三河に起らせられ、櫛風沐雨、辛苦艱難まし〱て、上は天朝を輔翼し奉り、下は諸侯を鎭撫し給ひ、二百餘年の今に至るまで、天下泰山の安きを保ち、人民塗炭の苦を免れ、うまれながら太平の德澤に浴し居候は、これ亦難有御事ならずや、されば人たるもの、かりそめにも、神國の尊きゆゑんと天祖の恩賚とを忘るべからず、又かりそめにも、東照宮の德澤をゆるかせに心得候ては不相濟事と存候、我等愚昧にして士民の上に立べき者にあらねど、祖先の餘蔭により、天朝及び 公邊の恩澤に浴し、乍不肖三位の尊を汚し三家の重きに列して、天下の藩屏とも相成居候上は、
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『告志篇』・入るを量って出ずるを制し質素を守る大臣小臣ともに、入を積りて出す事を加減いたし不申候ては、勝手の取直しも不相成、萬一の手當も行屆申間敷候間、常ゝの事は如何にも省器いたし、家の大小も分限相應を考へ、造作等手輕にこし候儀は無之事と存候、まして江戸の小屋は勿論に候、其外衣服飮食等成だけ質素を守り可申候、申迄は無之候へども、朝夕食する所の米穀は、粒々民の辛苦にして、人々祖先の勤勞等を以、先君より賜りたる所なれば、食する每に此所を不忘、一拜して箸を取ても可然程の事なり、然るに其本を打忘れ、佳肴なければ食はれぬ抔いふ樣のあさましき事に成により、豐年は勝手にならぬといふに至るは何とも聞えぬ事なり、若凶年にて民間より米穀も生ぜず、倉廩より扶持も不渡候はゞ、如何いたし可申や、金銀珠玉は飢て食ふべからず、又飽煖は淫欲を生じ、飢寒は善心を發といへり、凡家中の者、多分勝手をすり切、武備をも失ひたること、皆其本を忘れて奢侈に長じ、武士一統上品になりたるゆゑと存候、今其一事をいはんに、むかしは二百石三百石取者も心懸宜しく馬を持候處、今は馬を持といへば口取中間にのみまかせ、自身は牽さへ不致、鞍鐙も華美に無之てはならぬ樣に心得るは、皆其本を忘れて上品になりたる故なり、昔の如く自ら馬をもかりふせ起しをするより、何事も自身又は子弟にて世話いたし候はんには、持れぬ事はあるまじく、却て扱にもなれ宜敷事と存候、昔に比すれば、今は諸色も格別に高くなりたれば、猶更自身にて世話不致しては不叶事なり、譬へば三百石にて家內大勢の者を察し候はゞ、同祿にて人別少き者は馬も持るゝ筈なるに、馬も不持勝手もよからざるは如何なる故ぞや、心すべし、
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『告志篇』・人の才を妬まず誠信を本とする何事によらず、己れの能を挾みて、人の能を妬み抔するは、いといやしき心なり、何事にても我より先なる者あらば聽ことを恥ず、子供にも問べく、又我より後なるものをば能世話いたし引立候樣にすべし、家中に藝能等すぐれたる者多く出來候は、主君の爲なり、然るに文武に限らず、同流にても他流にても、上手の者を妬み抔するは、主君へ對し不忠なる事ならずや、己れの不遇を恨、人の立身を羨み嫉む抔は、猶更士には有間敷事なり、我等乍不肖、士民の上に臨み居候上は、家中の賢能を勸め、邪慝を懲しめ申度、常ゝ心を用ゐ候得ども、知人の難きは、聖人の病給ふ所にて、中々行屆兼候間、餘多の家中には善をなしてかくれ居候も可有之、又惡をなしてのがれ居候も可有之、日夜致苦心候處、面々に於ては我等の心を推察いたし、正道を守り邪行を戒め候樣致度事に候、然るに誰某は善行あれども上の賞にも預らねば、善をなすも無益なりと思ひ、誰某は惡事あれども罰も蒙らねば、惡をなし候ても申譯ありといひ、一人や二人の進退を見て忽に心を動し、惡をなし候樣なる者は、我家中にはあるまじく候、何事によらず、定置所の法度、又は父母師友の敎戒を守るは勿論に候へども、夫迄にも無之、大抵の人は是は善是は惡と申儀分ればこそ、惡き事は忍び隱れて行ひ候へば、一向善惡の境不相辨とは申がたく、多分は己れも惡敷と存じ、人よりも心を付られ候をも知つゝ行ひ候事に候へば、求て行ひ候も同樣なるべし、かくれたるより顯るはなしといへり、ゆめ〱いつはりなく、誠信を本とし、內省不疚の聖語、服膺致たき事に候。
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『告志篇』・目当てを一つにして職分を尽くす國の本は家にあり、家の本は身にありと申候へば、面々眞實に身を脩んと心懸候はゞ、國も治らずして不叶理と存候、扨其役々職々により勤向は相違有之とも、目當といたし候所は、一致に無之ては相成間敷候、これを旅行に譬んに、人により東海道をゆく者もあるべく、木曾路をゆく者もあるべく、又は海路よりするもあるべし、少々の遲速はありとも、何れも遂に都へ到着するは、はじめに都へ登らんといふ日當ある故なり、政事も亦右の如くにて、文道にも武道にもせよ、其人の持別に寄、一樣には無之候ども、日當さへ定り居候はゞ、行屆かぬ筈はある間敷なり、我等乍不及、風俗を改、武備を整んと日當を立、日夜心を用ゐ候へども、今以十分の一も不行屆、殘念の至に候、つら〱思ふに、家中の儀は一躰之事にて、勤筋は違ひ候とも、國家の爲を存候所は相違あるまじき筈なれども、時の弊風にて武士一躰なる事を忘れ、文官武官と分れ候樣に成行、役人の外は政事にも拘らねば、馬鹿にても勤まる抔と自分にても怠り、甚しきは少々の惡事をなしても宜きと心得、政事の得失、役人の善惡等、他國の事にても批判する如くに、よそ〱しく心得候弊風なきにしもあらず、役人は專ら輕薄を旨とし、悉く精勤いたし候樣に見え候へども、是以眞實に其職に身を入候て勤候者は不多、少しく力を盡して仕損ぜんよりは、手を出さずして越度なき樣にと心懸候弊風なきにしもあらず、かくの如くにては、行先の目當なき旅行も同樣にて、一步を進め候ても亦一步を退き、いつとても行屆候事は有之間敷候、
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『告志篇』・上下が一致して善政を行う乍不及國家を安定し、士民を撫育し、本に報い恩を酬い申度、日夜心をつくし候事に候へば、各も我等の心を推察いたし、面々の身分を考へ、夫ゝ本を思ひ恩を酬い候樣心懸可申候、人々形こそ生れ付たる事なれ、心は愚なるより賢きにもうつさばうつるべし、顏淵も舜何人也予何人也有爲者亦若是といひ、孟子も性善を說ときは言必堯舜を稱せり、されば某は古の明君賢將を慕ひ、各は古の忠臣義士を學び、在世にはともに他國の手本にもなり、後代にはよきためしにもひかれ、父母の名迄も顯す樣にと眞實に心懸度事に候、縱ひ我等計左樣存候迚も各其心得無之ては、善政は行はれざる事と存候、兎角善政は上下一致して行ふ心にあらざれば行はれざる事に候間、何とぞ某とゝもに一致して、風俗を一新し、國家を中興し、某は各のたすけを得て、天朝、公邊の御恩を報い、各に於ては克く其持前を以て、不肖の我等へ精忠を盡し 我等をして天朝、公邊の御恩にそむかしめざる樣心懸候はゞ、某と各の忠孝此上あるまじく候、生れながら飽までに食ひ煖に衣て今日迄枕を高く安樂に暮し候は、誰が恩にあるべきや、能ゝ此所を辨へ、一日たりともいたづらに日を不送樣致度候、

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