武教講録 / 飲食色欲・飲食と色欲を節して務めを保つ
此篇、反復熟味して武士道を悟るべし、盖し一飲一食より男女袵席の間に至る迄、片時も武士の家業を忘れぬとなり、武士たる者は只今にも君命あらんには、槍を提げ馬に打乗り水火に驅込むべき身分なれば、飲食男女の欲を縱にし、疾病を生じ懶懦に陷り、氣根を弱くしては、武士道が闕るなり、一友あり甚だ飲酒を好む、某官と爲るに及んで頗る亦修飾して飲を謹む、一才人是を調して俗態とす、余乃ち一友の爲めに回護して云く、飲を謹む甚だ好し、吏たる者何時何事の生ぜんも度るべからず、酒を被る時事或は蠢心に失し、或は惰氣を生じ、何如なる不覺を致さんも知るべからず、平士にても戒しむべき事なり、況んや吏となりて職を任ずるをや、但し于定國の食酒至數石不亂、冬月治請讞飲酒益精明、と云如くならば酒を飲むと甚だ善し、若しそれ然らずんば、謹愼飲ざるに如かず、因て憶ふ、外史に載す、北條泰時已に和田義盛を敗り、酒を置て諸將士を勞して之に謂て云く、吾不復飲酒、嚮昔與宴、其明飢作、吾撮甲上馬而宿醉未醒、吾意、自今禁飲、已而戰數十合、渴而索水、葛西六郎、執榼進酒、我輙飲之甚矣、吾無常操也、吾不復飲也、と泰時も亦武士道に心ありと云べし、或人疑ふ、然らば武士たる者枯禪とならば可ならんか、余が曰く、是れ大に然らず、武士にして枯禪となり委靡頽廢して拾收すべからずんば、何ぞ武士とするに足らん、唯其心性活潑、身躰强壯、飮食男女ありと云ども、其躰を弱まし其心を弛ぶるに足らざるを以て、眞の武士と云べし、若し乃ち身修り家齊ひ三民の儀表となるに至ては、最も武士の心掛くべきとにして、又此篇尤も意を致す所なり、
新字:此篇、反復熟味して武士道を悟るべし、盖し一飲一食より男女袵席の間に至る迄、片時も武士の家業を忘れぬとなり、武士たる者は只今にも君命あらんには、槍を提げ馬に打乗り水火に駆込むべき身分なれば、飲食男女の欲を縦にし、疾病を生じ懶懦に陥り、気根を弱くしては、武士道が闕るなり、一友あり甚だ飲酒を好む、某官と為るに及んで頗る亦修飾して飲を謹む、一才人是を調して俗態とす、余乃ち一友の為めに回護して云く、飲を謹む甚だ好し、吏たる者何時何事の生ぜんも度るべからず、酒を被る時事或は蠢心に失し、或は惰気を生じ、何如なる不覚を致さんも知るべからず、平士にても戒しむべき事なり、況んや吏となりて職を任ずるをや、但し于定国の食酒至数石不乱、冬月治請讞飲酒益精明、と云如くならば酒を飲むと甚だ善し、若しそれ然らずんば、謹慎飲ざるに如かず、因て憶ふ、外史に載す、北条泰時已に和田義盛を敗り、酒を置て諸将士を労して之に謂て云く、吾不復飲酒、嚮昔与宴、其明飢作、吾撮甲上馬而宿酔未醒、吾意、自今禁飲、已而戦数十合、渇而索水、葛西六郎、執榼進酒、我輙飲之甚矣、吾無常操也、吾不復飲也、と泰時も亦武士道に心ありと云べし、或人疑ふ、然らば武士たる者枯禅とならば可ならんか、余が曰く、是れ大に然らず、武士にして枯禅となり委靡頽廃して拾収すべからずんば、何ぞ武士とするに足らん、唯其心性活溌、身体強壮、飲食男女ありと云ども、其体を弱まし其心を弛ぶるに足らざるを以て、真の武士と云べし、若し乃ち身修り家斉ひ三民の儀表となるに至ては、最も武士の心掛くべきとにして、又此篇尤も意を致す所なり、
書き下し
此篇、反復熟味して武士道を悟るべし、盖し一飲一食より男女袵席の間に至る迄、片時も武士の家業を忘れぬとなり、武士たる者は只今にも君命あらんには、槍を提げ馬に打乗り水火に驅込むべき身分なれば、飲食男女の欲を縱にし、疾病を生じ懶懦に陷り、氣根を弱くしては、武士道が闕るなり、一友あり甚だ飲酒を好む、某官と爲るに及んで頗る亦修飾して飲を謹む、一才人是を調して俗態とす、余乃ち一友の爲めに回護して云く、飲を謹む甚だ好し、吏たる者何時何事の生ぜんも度るべからず、酒を被る時事或は蠢心に失し、或は惰氣を生じ、何如なる不覺を致さんも知るべからず、平士にても戒しむべき事なり、況んや吏となりて職を任ずるをや、但し于定國の食酒至數石不亂、冬月治請讞飲酒益精明、と云如くならば酒を飲むと甚だ善し、若しそれ然らずんば、謹愼飲ざるに如かず、因て憶ふ、外史に載す、北條泰時已に和田義盛を敗り、酒を置て諸將士を勞して之に謂て云く、吾不復飲酒、嚮昔與宴、其明飢作、吾撮甲上馬而宿醉未醒、吾意、自今禁飲、已而戰數十合、渴而索水、葛西六郎、執榼進酒、我輙飲之甚矣、吾無常操也、吾不復飲也、と泰時も亦武士道に心ありと云べし、或人疑ふ、然らば武士たる者枯禪とならば可ならんか、余が曰く、是れ大に然らず、武士にして枯禪となり委靡頽廢して拾收すべからずんば、何ぞ武士とするに足らん、唯其心性活潑、身躰强壯、飮食男女ありと云ども、其躰を弱まし其心を弛ぶるに足らざるを以て、眞の武士と云べし、若し乃ち身修り家齊ひ三民の儀表となるに至ては、最も武士の心掛くべきとにして、又此篇尤も意を致す所なり、
現代語訳
この篇は繰り返し深く味わって武士道を悟るべきです。思うに、一杯の飲み物、一口の食事から男女の寝床の間に至るまで、片時も武士の家業を忘れない、ということです。武士たる者は今すぐにでも主君の命令があれば、槍を提げ馬に乗って水火の中にも駆け込むべき身分ですから、飲食や男女の欲をほしいままにして、病気を生じ、怠けて軟弱になり、気力を弱くしては、武士道が欠けることになります。ある友人がいて、たいへん酒を好んでいました。ある官職に就くと、かなり自分を改めて酒を慎みました。ある才子がこれをからかって、俗っぽい態度だと言いました。私は友人のためにかばって言いました。「酒を慎むのはたいへん結構です。役人たる者は、いつ何事が起こるか見当がつきません。酒に酔うと、事を軽んじて心を失い、あるいは怠け心を生じ、どのような不覚を取るかもわかりません。一般の武士でも戒めるべきことで、まして役人となって職務を任された者はなおさらです。ただし、于定国のように、酒を数石飲んでも乱れず、冬の月に判決の審理をする時は酒を飲むとますます頭が冴えた、というのであれば、酒を飲んでも大変よいでしょう。もしそうでないなら、慎んで飲まないのが一番です」と。そこで思い出しました。外史(日本外史)に載っています。北条泰時が、すでに和田義盛を破り、酒を出して諸将士をねぎらい、彼らに言いました。「私はもう酒を飲まない。以前、宴会に加わったが、翌朝空腹になり、私は甲を着けて馬に乗ったが、二日酔いが醒めていなかった。私は、今後は飲酒を禁じようと思った。やがて戦うこと数十合、喉が渇いて水を求めたところ、葛西六郎が酒樽を持って酒を勧めた。私はたちまちこれを飲んだ。ひどいことだ。私には守り通す節操がない。私はもう飲まない」と。泰時もまた武士道に心があったと言えます。ある人が疑って言いました。「それでは、武士たる者は枯れた禅僧のようになればよいのでしょうか」。私は言いました。「それは大いに違います。武士でありながら枯れた禅僧のようになり、気力が萎えて衰え、取り返しがつかなくなるなら、どうして武士とするに足りるでしょう。ただ、その心の働きが活発で、身体が強壮であり、飲食男女のことがあっても、それが身体を弱らせ心を緩ませるには足りない者を、真の武士と言うべきです。もし身が修まり家がととのい、士農工商の他の三民の手本となるに至っては、武士が最も心掛けるべきことであり、またこの篇が最も意を注ぐところです」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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言志四録・言志晩録 第百四十七条 人主飲を好むは害有り人主飲を好むは太だ害有り。式礼を除くの外は、宜しく自ら禁止すべし。百弊皆此より興る。
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李衛公問対・卷下然り而して田単燕の囲む所と為る。単一人に命じて神と為し、拝して之を祠る。神言ふ、『燕破るべし』と。単是に於いて火牛を以て出でて燕を撃ち、大いに之を破る。此れ是れ兵家の詭道なり。天官・時日も亦猶ほ此のごとし。」太宗曰く、「田単は神怪に託して燕を破り、太公は蓍亀を焚きて紂を滅ぼす。二事相反す、何ぞや。」靖曰く、「其の機は一なり。或いは逆らひて之を取り、或いは順ひて之を行ふ是れなり。昔太公武王を佐け、牧野に至り、雷雨に遇ひ、旗鼓毀折す。散宜生卜して吉にして後に行かんと欲す。此れ則ち軍中の疑懼に因りて、必ず卜を仮りて以て神に問ふなり。太公以為(おもへ)らく腐草枯骨問ふに足る無しと。且つ臣を以て君を伐つ、豈に再びすべけんや。然れども散宜生の機を前に発し、太公の機を後に成すを観るに、逆順異なると雖も、其の理致は則ち同じ。臣前に所謂術数廃すべからずとは、蓋し其の機を未だ萌さざるに存するなり。其の成功に及んでは、人事に在るのみ。」太宗曰く、「当今の将帥は、唯だ李勣・道宗・薛万徹のみ。道宗の親属を以てするを除くの外、孰か大用に堪へん。」靖曰く、「陛下嘗て言ふ、勣・道宗の兵を用ふるは、大いに勝たず亦大いに敗れず、万徹は若し大いに勝たずんば即ち須(すべから)く大いに敗るべしと。臣愚かにも聖言を思ふに、大勝を求めず亦大敗せざる者は、節制の兵なり。或いは大いに勝ち或いは大いに敗るる者は、幸ひにして功を成す者なり。故に孫武云ふ、
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