国語 / 越語上
句踐之地,南至於句無,北至於禦兒,東至於鄞,西至於姑蔑,廣運百里。乃致其父母昆弟而誓之曰:「寡人聞,古之賢君,四方之民歸之,若水之歸下也。今寡人不能,將帥二三子夫婦以蕃。」令壯者無取老婦,令老者無取壯妻。女子十七不嫁,其父母有罪;丈夫二十不娶,其父母有罪。將免者以告,公令醫守之。生丈夫,二壺酒,一犬;生女子,二壺酒,一豚。生三人,公與之母;生二人,公與之餼。當室者死,三年釋其政;支子死,三月釋其政。必哭泣葬埋之,如其子。令孤子、寡婦、疾疹、貧病者,納宦其子。其達士,絜其居,美其服,飽其食,而摩厲之於義。四方之士來者,必廟禮之。句踐載稻與脂於舟以行,國之孺子之遊者,無不餔也,無不歠也,必問其名。非其身之所種則不食,非其夫人之所織則不衣,十年不收於國,民俱有三年之食。
新字:句践之地,南至於句無,北至於禦児,東至於鄞,西至於姑蔑,広運百里。乃致其父母昆弟而誓之曰:「寡人聞,古之賢君,四方之民帰之,若水之帰下也。今寡人不能,将帥二三子夫婦以蕃。」令壮者無取老婦,令老者無取壮妻。女子十七不嫁,其父母有罪;丈夫二十不娶,其父母有罪。将免者以告,公令医守之。生丈夫,二壺酒,一犬;生女子,二壺酒,一豚。生三人,公与之母;生二人,公与之餼。当室者死,三年釈其政;支子死,三月釈其政。必哭泣葬埋之,如其子。令孤子、寡婦、疾疹、貧病者,納宦其子。其達士,絜其居,美其服,飽其食,而摩厲之於義。四方之士来者,必廟礼之。句践載稲与脂於舟以行,国之孺子之遊者,無不餔也,無不歠也,必問其名。非其身之所種則不食,非其夫人之所織則不衣,十年不収於国,民倶有三年之食。
書き下し
句践の地は、南は句無(こうぶ)に至り、北は禦児に至り、東は鄞(ぎん)に至り、西は姑蔑(こべつ)に至り、広運百里なり。乃ち其の父母昆弟を致して之に誓いて曰く、「寡人聞く、古の賢君は、四方の民之に帰すること、水の下きに帰するが若しと。今寡人能わず。将に二三子の夫婦を帥いて以て蕃(しげ)らんとす」と。壮者をして老婦を取ること無からしめ、老者をして壮妻を取ること無からしむ。女子十七にして嫁せずんば、其の父母罪有り。丈夫二十にして娶らずんば、其の父母罪有り。将に免(べん)せんとする者は以て告げしめ、公医をして之を守らしむ。丈夫を生めば、二壺の酒、一犬。女子を生めば、二壺の酒、一豚。三人を生めば、公之に母を与え、二人を生めば、公之に餼(き)を与う。当室の者死すれば、三年其の政を釈(ゆる)し、支子死すれば、三月其の政を釈す。必ず哭泣して之を葬埋すること、其の子の如くす。孤子・寡婦・疾疹・貧病の者をして、其の子を納宦せしむ。其の達士は、其の居を絜(いさぎよ)くし、其の服を美にし、其の食を飽かしめて、之を義に摩厲(まれい)す。四方の士来たる者は、必ず廟に之を礼す。句践稲と脂とを舟に載せて以て行き、国の孺子の遊ぶ者、餔(くら)わせざること無く、歠(すす)らせざること無く、必ず其の名を問う。其の身の種うる所に非ざれば則ち食らわず、其の夫人の織る所に非ざれば則ち衣ず。十年国に収めず、民俱に三年の食有り。
現代語訳
句践の領地は、南は句無(今の諸曁のあたり)まで、北は禦児まで、東は鄞まで、西は姑蔑までで、東西南北およそ百里にすぎなかった。句践は国の父母や兄弟たちを集めて誓った。「わたしはこう聞いている。昔の賢君のもとには、四方の民が水が低いところへ流れるように集まってきたと。いまのわたしにはそれができない。だから諸君の夫婦を率いて、人を殖やしていこうと思う」。そこで、若い男が年老いた女を娶ることを禁じ、年老いた男が若い妻を娶ることを禁じた。娘が十七になっても嫁がなければその父母を罰し、男子が二十になっても妻を娶らなければその父母を罰した。出産の近い者は届け出させ、国が産医をつけて見守らせた。男の子が生まれれば酒二壺と犬一匹を、女の子が生まれれば酒二壺と豚一匹を与えた。三つ子を産めば国が乳母をつけ、双子を産めば国が食糧を与えた。家を継ぐ嫡子が死ねば三年間賦役を免除し、庶子が死ねば三か月間賦役を免除した。そして句践は必ず声をあげて泣いて、わが子のように手厚く葬った。孤児や寡婦、病人や貧しい者、病身の者には、その子を官に仕えさせて養った。すぐれた士には、住まいを清らかに整え、衣服を立派にし、食事を十分に与えて、義をもって磨き励ました。四方から来た士は、必ず宗廟で礼をもって迎えた。句践は米の粥と肉の脂を舟に積んで出かけ、国の子供たちが遊んでいるのを見れば、食べさせない者も飲ませない者もなく、必ずその名を尋ねた。自分が植えた作物でなければ食べず、夫人が織ったものでなければ着なかった。十年のあいだ国から税を取り立てず、民はみな三年分の食糧の蓄えを持つようになった。
解説
この章句が説くこと
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