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国語 / 越語上

夫差將欲聽與之成,子胥諫曰:「不可。夫吳之與越也,仇讎敵戰之國也。三江環之,民無所移,有吳則無越,有越則無吳,將不可改於是矣。員聞之,陸人居陸,水人居水。夫上黨之國,我攻而勝之,吾不能居其地,不能乘其車。夫越國,吾攻而勝之,吾能居其地,吾能乘其舟。此其利也,不可失也已,君必滅之。失此利也,雖悔之,必無及已。」 越人飾美女八人納之太宰嚭,曰:「子苟赦越國之罪,又有美於此者將進之。」太宰嚭諫曰:「嚭聞古之伐國者,服之而已。今已服矣,又何求焉。」夫差與之成而去之。 句踐說於國人曰:「寡人不知其力之不足也,而又與大國執讎,以暴露百姓之骨於中原,此則寡人之罪也。寡人請更。」於是葬死者,問傷者,養生者,弔有憂,賀有喜,送往者,迎來者,去民之所惡,補民之不足。然後卑事夫差,宦士三百人於吳,其身親為夫差前馬。

新字:夫差将欲聴与之成,子胥諫曰:「不可。夫呉之与越也,仇讎敵戦之国也。三江環之,民無所移,有呉則無越,有越則無呉,将不可改於是矣。員聞之,陸人居陸,水人居水。夫上党之国,我攻而勝之,吾不能居其地,不能乗其車。夫越国,吾攻而勝之,吾能居其地,吾能乗其舟。此其利也,不可失也已,君必滅之。失此利也,雖悔之,必無及已。」 越人飾美女八人納之太宰嚭,曰:「子苟赦越国之罪,又有美於此者将進之。」太宰嚭諫曰:「嚭聞古之伐国者,服之而已。今已服矣,又何求焉。」夫差与之成而去之。 句践説於国人曰:「寡人不知其力之不足也,而又与大国執讎,以暴露百姓之骨於中原,此則寡人之罪也。寡人請更。」於是葬死者,問傷者,養生者,弔有憂,賀有喜,送往者,迎来者,去民之所悪,補民之不足。然後卑事夫差,宦士三百人於呉,其身親為夫差前馬。

書き下し

夫差将に聴きて之と成せんと欲す。子胥諫めて曰く、「不可なり。夫れ呉の越に与けるや、仇讎(きゅうしゅう)敵戦の国なり。三江之を環(めぐ)り、民移る所無し。呉有れば則ち越無く、越有れば則ち呉無し。将に是を改むべからざらんとす。員之を聞く、陸人は陸に居り、水人は水に居ると。夫れ上党の国は、我攻めて之に勝つも、吾其の地に居ること能わず、其の車に乗ること能わず。夫れ越国は、吾攻めて之に勝たば、吾能く其の地に居り、吾能く其の舟に乗らん。此れ其の利なり。失うべからざるのみ。君必ず之を滅ぼせ。此の利を失わば、之を悔ゆと雖も、必ず及ぶこと無からんのみ」と。 越人美女八人を飾りて之を太宰嚭(たいさいひ)に納れて曰く、「子苟くも越国の罪を赦さば、又此より美なる者有りて将に之を進めんとす」と。太宰嚭諫めて曰く、「嚭聞く、古の国を伐つ者は、之を服するのみと。今已に服せり。又何をか求めん」と。夫差之と成して之を去る。 句践国人に説きて曰く、「寡人其の力の足らざるを知らずして、又大国と讎を執り、以て百姓の骨を中原に暴露せしむ。此れ則ち寡人の罪なり。寡人請う更(あらた)めん」と。是に於いて死者を葬り、傷者を問い、生者を養い、憂い有るを弔い、喜び有るを賀し、往く者を送り、来たる者を迎え、民の悪む所を去り、民の足らざるを補う。然る後に卑しく夫差に事え、士三百人を呉に宦(つか)えしめ、其の身親ら夫差の前馬(ぜんば)と為る。

現代語訳

夫差は越の申し入れを聞き入れて和睦しようとした。子胥(伍子胥)が諫めて言った。「なりません。呉と越とは仇敵どうしで、戦い合う国です。三つの大河がこの二国を取り巻いていて、民はほかに移り住む所がありません。呉があれば越はなく、越があれば呉はない。この形勢は変えようがありません。私はこう聞いています。陸の人は陸に住み、水の人は水に住むと。中原の国々は、攻めて勝ったとしても、われらはその地に住むことができず、その車を乗りこなすこともできません。しかし越の国なら、攻めて勝てば、われらはその地に住むことができ、その舟を乗りこなすこともできます。これこそが利であり、失ってはなりません。君は必ず越を滅ぼしてください。この利を失えば、後悔しても必ず間に合わなくなります」 越の人々は美女八人を着飾らせて太宰嚭(呉の宰相、伯嚭)に贈り、「あなたがもし越の国の罪を許してくだされば、これよりもっと美しい者を差し上げましょう」と言った。太宰嚭は夫差を諫めて言った。「私は、昔の国を討つ者は相手を服従させればそれで終わりにしたと聞いております。越はいますでに服従しました。この上何を求めるのでしょう」。夫差は越と和睦して引き揚げた。 句践は国の人々に語った。「わたしは自分の力が足りないことも知らずに大国と仇敵となり、民の骨を野ざらしにしてしまった。これはわたしの罪である。どうか改めさせてほしい」。そこで死者を葬り、傷ついた者を見舞い、生き残った者を養い、憂いのある家を弔い、喜びのある家を祝い、去る者を見送り、来る者を迎え、民の嫌うことを取り除き、民の足りないものを補った。そのうえで身を低くして夫差に仕え、士三百人を呉に送って召使いとして仕えさせ、句践自身も夫差の馬の前を歩く先駆けとなった。

解説

会稽で越の和睦を受けるかどうかを巡り、伍子胥が反対し、太宰嚭が越の贈り物を受けて和睦を勧め、夫差が後者に従う場面である。子胥の論は地理に根ざしている。三江に囲まれた呉と越は民の移る先がなく、両立しえない。中原の国は勝っても住めず車も使えないが、越は同じ水の国だから奪えばそのまま使える。韋昭注は三江を呉江・銭唐江・浦陽江とする。これに対し嚭は美女八人を受け取り、昔の戦は相手を服させれば終わりだったと、もっともらしい古例を持ち出した。句践は帰国すると敗戦を自分の罪と認めて民に詫び、死者を葬り傷者を見舞い、自らは夫差の馬前を歩くまで身を低くした。敗れた側が非を認めて立て直しを始め、勝った側が贈り物で判断を曲げる。私利のからんだ助言を、正論の形の中から見抜けるかどうかが問われている。

この章句が説くこと

国語越語諫言賄賂再起

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