国語 / 呉語
越王句踐乃召五大夫,曰:「吳為不道,求殘吾社稷宗廟,以為平原,不使血食。吾欲與之徼天之衷,唯是車馬、兵甲、卒伍既具,無以行之。吾問於王孫包胥,既命孤矣;敢訪諸大夫,問戰奚以而可?句踐願諸大夫言之,皆以情告,無阿孤,孤將以舉大事。」大夫舌庸乃進對曰:「審賞則可以戰乎?」王曰:「聖。」大夫苦成進對曰:「審罰則可以戰乎?」王曰:「猛。」大夫種進對曰:「審物則可以戰乎?」王曰:「辯。」大夫蠡進對曰:「審備則可以戰乎?」王曰:「巧。」大夫皋如進對曰:「審聲則可以戰乎?」王曰:「可矣。」王乃命有司大令於國曰:「苟任戎者,皆造於國門之外。」王乃命於國曰:「國人欲告者來告,告孤不審,將為戮不利,及五日必審之,過五日,道將不行。」 王乃入命夫人。王背屏而立,夫人向屏。王曰:「自今日以後,內政無出,外政無入。內有辱,是子也;外有辱,是我也。吾見子於此止矣。」王遂出,夫人送王,不出屏,乃闔左闔,填之以土,去笄側席而坐,不掃。王背檐而立,大夫向檐。王命大夫曰:「食土不均,地之不修,內有辱於國,是子也;軍士不死,外有辱,是我也。自今日以後,內政無出,外政無入,吾見子於此止矣。」王遂出,大夫送王不出檐,乃闔左闔,填之以土,側席而坐,不掃。
新字:越王句践乃召五大夫,曰:「呉為不道,求残吾社稷宗廟,以為平原,不使血食。吾欲与之徼天之衷,唯是車馬、兵甲、卒伍既具,無以行之。吾問於王孫包胥,既命孤矣;敢訪諸大夫,問戦奚以而可?句践願諸大夫言之,皆以情告,無阿孤,孤将以舉大事。」大夫舌庸乃進対曰:「審賞則可以戦乎?」王曰:「聖。」大夫苦成進対曰:「審罰則可以戦乎?」王曰:「猛。」大夫種進対曰:「審物則可以戦乎?」王曰:「弁。」大夫蠡進対曰:「審備則可以戦乎?」王曰:「巧。」大夫皋如進対曰:「審声則可以戦乎?」王曰:「可矣。」王乃命有司大令於国曰:「苟任戎者,皆造於国門之外。」王乃命於国曰:「国人欲告者来告,告孤不審,将為戮不利,及五日必審之,過五日,道将不行。」 王乃入命夫人。王背屏而立,夫人向屏。王曰:「自今日以後,内政無出,外政無入。内有辱,是子也;外有辱,是我也。吾見子於此止矣。」王遂出,夫人送王,不出屏,乃闔左闔,填之以土,去笄側席而坐,不掃。王背檐而立,大夫向檐。王命大夫曰:「食土不均,地之不修,内有辱於国,是子也;軍士不死,外有辱,是我也。自今日以後,内政無出,外政無入,吾見子於此止矣。」王遂出,大夫送王不出檐,乃闔左闔,填之以土,側席而坐,不掃。
書き下し
越王句践乃ち五大夫を召して曰く、「呉不道を為し、吾が社稷宗廟を残いて、以て平原と為し、血食せしめざらんことを求む。吾之と天の衷を徼めんと欲す。唯是れ車馬・兵甲・卒伍既に具わるも、以て之を行うこと無し。吾王孫包胥に問い、既に孤に命(おし)えたり。敢えて諸大夫に訪(と)う、戦うは奚を以てして可なるか。句践願わくは諸大夫之を言え。皆情を以て告げ、孤に阿(おもね)ること無かれ。孤将に以て大事を挙げんとす」と。大夫舌庸(ぜつよう)乃ち進み対えて曰く、「賞を審らかにせば則ち以て戦うべきか」と。王曰く、「聖なり」と。大夫苦成(こせい)進み対えて曰く、「罰を審らかにせば則ち以て戦うべきか」と。王曰く、「猛なり」と。大夫種進み対えて曰く、「物を審らかにせば則ち以て戦うべきか」と。王曰く、「辯なり」と。大夫蠡(れい)進み対えて曰く、「備えを審らかにせば則ち以て戦うべきか」と。王曰く、「巧なり」と。大夫皋如(こうじょ)進み対えて曰く、「声を審らかにせば則ち以て戦うべきか」と。王曰く、「可なり」と。王乃ち有司に命じて大いに国に令して曰く、「苟くも戎に任ずる者は、皆国門の外に造(いた)れ」と。王乃ち国に命じて曰く、「国人告げんと欲する者は来たりて告げよ。孤に告げて審らかならずんば、将に戮と為して利あらざらんとす。五日に及ぶまで必ず之を審らかにせよ。五日を過ぐれば、道将に行われざらんとす」と。 王乃ち入りて夫人に命ず。王屏を背にして立ち、夫人屏に向かう。王曰く、「今日より以後、内政は出づること無く、外政は入ること無し。内に辱め有らば、是れ子なり。外に辱め有らば、是れ我なり。吾子に見ゆるは此に於いて止まん」と。王遂に出づ。夫人王を送り、屏を出でず。乃ち左闔(さこう)を闔(と)じ、之を填(うず)むるに土を以てし、笄(こうがい)を去り席を側(ひと)りにして坐し、掃わず。王檐(のき)を背にして立ち、大夫檐に向かう。王大夫に命じて曰く、「食土均しからず、地の修まらず、内に国に辱め有らば、是れ子なり。軍士死せず、外に辱め有らば、是れ我なり。今日より以後、内政は出づること無く、外政は入ること無し。吾子に見ゆるは此に於いて止まん」と。王遂に出づ。大夫王を送りて檐を出でず。乃ち左闔を闔じ、之を填むるに土を以てし、席を側りにして坐し、掃わず。
現代語訳
越王句践は五人の大夫を呼び集めて言った。「呉は道にはずれたことをし、わが社稷と宗廟を踏みにじって平原とし、祖先の祭りを絶やそうとしている。わたしは呉と戦って天の善き心を求めたい。戦車も馬も、武具も兵も、隊伍もすでにそろっているが、どう用いればよいかがわからない。わたしは王孫包胥(楚の申包胥)に尋ね、すでに教えを受けた。そのうえであえて大夫たちに問う。どうすれば戦ってよいのか。句践は大夫たちに、思うところを言ってほしい。みな本心から告げ、わたしにおもねってはならぬ。わたしはこれから大事を起こそうとしているのだ」。大夫の舌庸が進み出て答えた。「賞をきちんと正しく行えば、戦えましょうか」。王は言った。「行き届いている」。大夫の苦成が進み出て答えた。「罰をきちんと正しく行えば、戦えましょうか」。王は言った。「厳しく引き締まる」。大夫の種が進み出て答えた。「旗印をきちんと見分けられるようにすれば、戦えましょうか」。王は言った。「区別がはっきりする」。大夫の蠡(范蠡)が進み出て答えた。「守りの備えをきちんと固めれば、戦えましょうか」。王は言った。「隙がなくなる」。大夫の皋如が進み出て答えた。「鉦や鼓の合図の音をきちんと定めれば、戦えましょうか」。王は言った。「それでよし」。そこで王は役人に命じて国中に大いに布告させた。「いやしくも兵役に就く者は、みな都の城門の外に集まれ」。王はさらに国中に命じた。「国の人で申し出たいことのある者は、来て申し出よ。わたしに告げたことが偽りであれば、罰して容赦しない。五日のうちに必ずよく考えてから申し出よ。五日を過ぎれば、その策はもう用いられない」 王は奥へ入って夫人に命じた。王は屏(門内の目隠しの壁)を背にして立ち、夫人は屏に向かって立った。王は言った。「今日からのち、宮中の政は外に持ち出さず、外の政は宮中に持ち込まない。内で恥辱があれば、それはそなたの責めである。外で恥辱があれば、それはわたしの責めである。そなたと会うのも、ここで最後だ」。王はそのまま出ていった。夫人は王を見送ったが屏から外へは出ず、左の扉を閉めて土で塞ぎ、かんざしを外して飾りを去り、ひとり席に座って、部屋を掃くこともしなかった。王は軒を背にして立ち、大夫たちは軒に向かって立った。王は大夫たちに命じた。「民に与える土地の配分が不公平で、土地が治まらず、国の内で恥辱があれば、それはそなたたちの責めである。兵が命を惜しんで戦わず、外で恥辱があれば、それはわたしの責めである。今日からのち、国内の政は軍中に持ち出さず、軍中の事は国内に持ち込まない。そなたたちと会うのも、ここで最後だ」。王はそのまま出ていった。大夫たちは王を見送ったが軒から外へは出ず、左の扉を閉めて土で塞ぎ、ひとり席に座って、部屋を掃くこともしなかった。
解説
この章句が説くこと
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『韓非子』用人第二十七罪は甲に生じて、禍は乙に帰すれば、伏怨乃ち結ぶ。故に至治の国は、賞罰有りて喜怒無し、故に聖人極まる。
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『韓非子』八經第四十八事に任ずる者知治職に足らざれば、則ち官收めらる。說大にして誇れば則ち端を窮め、故に姦得られて怒る。故無くして當らざるを誣と爲し、誣なれば臣を罪す。言必ず報有り、說必ず用を責む、故に朋黨の言上聞せず。凡そ聽くの道は、人臣忠論して以て姦を聞かせ、博論して以て一を内る、人主智ならざれば則ち姦資を得。明主の道は、己喜べば則ち其の納るる所を求め、己怒れば則ち其の搆ふる所を察し、已に變ずるの後に論じて、以て毁譽公私の徵を得。衆諫して以て智故を效し、君をして自ら一を取りて以て罪を避けしむ、故に衆の諫むるや敗る。君の取るや、副言を上に無くして以て將に然らんとするを設け、言を後に符せしめて以て謾誠の語を知る。明主の道は、臣兩諫するを得ず、必ず其の一語に任ず。擅に行ふを得ず、必ず其の參に合す、故に姦進むに道無し。七。官の重きや、法毋ければなり。法の息むや、上闇ければなり。上闇くして度無ければ、則ち官擅に爲す。官擅に爲す、故に奉重くして前無し。奉重くして前無ければ、則ち徵多く、徵多し故に富む。官の富重なるは、亂功の生ずる所なり。明主の道は任に取り、官に賢とし、功に賞す。言程にして、主喜べば、俱に必ず利あり。當らずして、主怒れば、俱に必ず害あり、則ち人父兄に私せずして其の仇讎を進む。勢以て法を行ふに足り、奉以て事に給するに足りて、私生ずる所無し、故に民勞苦して官を輕んず。事に任ずる者重き毋く、其の寵をして必ず爵に在らしめ、官に處る者私毋く、其の利をして必ず禄に在らしむ、故に民爵を尊びて禄を重んず。爵禄は賞する所以なり、民賞する所以を重んずれば、則ち國治まる。刑の煩はしきは、名の繆れるなり。賞譽當らざれば則ち民疑ふ、民の名を重んずると其の賞を重んずるとは均しければなり。賞せらるる者に誹有れば、以て勸むるに足らず。罰せらるる者に譽有れば、以て禁ずるに足らず。明主の道は、賞は必ず公利に出で、名は必ず上の爲にするに在り。賞譽軌を同じくし、非誅俱に行はる。然らば則ち民賞の内に榮とする無し。重罰有る者は必ず惡名有り、故に民畏る。罰は禁ずる所以なり、民禁ずる所以を畏るれば、則ち國治まる。八。
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