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国語 / 楚語上

屈到嗜芰。有疾,召其宗老而屬之,曰:「祭我必以芰。」及祥,宗老將薦芰,屈建命去之。宗老曰:「夫子屬之。」子木曰:「不然。夫子承楚國之政,其法刑在民心而藏在王府,上之可以比先王,下之可以訓後世,雖微楚國,諸侯莫不譽。其祭典有之曰:國君有牛享,大夫有羊饋,士有豚犬之奠,庶人有魚炙之薦,籩豆、脯醢則上下共之。不羞珍異,不陳庶侈。夫子不以其私欲干國之典。」遂不用。

新字:屈到嗜芰。有疾,召其宗老而属之,曰:「祭我必以芰。」及祥,宗老将薦芰,屈建命去之。宗老曰:「夫子属之。」子木曰:「不然。夫子承楚国之政,其法刑在民心而蔵在王府,上之可以比先王,下之可以訓後世,雖微楚国,諸侯莫不誉。其祭典有之曰:国君有牛享,大夫有羊饋,士有豚犬之奠,庶人有魚炙之薦,籩豆、脯醢則上下共之。不羞珍異,不陳庶侈。夫子不以其私欲干国之典。」遂不用。

書き下し

屈到(くつとう)芰(き)を嗜む。疾有り、其の宗老を召して之に属(しょく)して曰く、「我を祭るには必ず芰を以てせよ」と。祥(しょう)に及び、宗老将に芰を薦めんとす。屈建之を去らしむ。宗老曰く、「夫子之を属せり」と。子木曰く、「然らず。夫子は楚国の政を承け、其の法刑は民心に在りて王府に蔵せらる。上は以て先王に比すべく、下は以て後世を訓うべし。楚国微(な)しと雖も、諸侯誉めざるは莫し。其の祭典に之有りて曰く、国君は牛享有り、大夫は羊饋(ようき)有り、士は豚犬の奠(てん)有り、庶人は魚炙の薦有り。籩豆(へんとう)・脯醢(ほかい)は則ち上下之を共にす、と。珍異を羞(すす)めず、庶侈を陳ねず。夫子其の私欲を以て国の典を干(おか)さず」と。遂に用いず。

現代語訳

楚の屈到(字は子夕、楚の令尹)は菱の実が大好物であった。病にかかると、一族の長老を呼んで言い残した。「わたしを祭るときには、必ず菱の実を供えよ。」一周忌の祭りの時になって、長老が菱の実を供えようとすると、屈建(屈到の子、字は子木)はそれを下げさせた。長老が「父君がお言いつけになったことです」と言うと、子木は言った。「そうではない。父上は楚の国政を受け継ぎ、その定めた法や刑罰は民の心に刻まれ、記録は王府に収められている。上は先王に並ぶことができ、下は後の世の手本となれる方だ。たとえ楚の国がなかったとしても、諸侯で父上を誉めない者はいない。祭りの定めにはこうある。国君には牛を供え、大夫には羊を供え、士には豚や犬を供え、庶人には焼いた魚を供える。竹や木の器に盛る干し肉や塩辛は、身分の上下にかかわらず共に用いる、と。珍しい品は供えず、贅沢な品を並べることもしない。父上は、ご自分の好みのために国の定めを破るような方ではない。」こうしてついに菱の実は供えなかった。

解説

楚の令尹屈到が死に際に、自分の祭りには好物の菱の実を供えよと言い残したが、子の屈建(子木)がそれを退けた話である。子木は、父は国政を担い、その法は民の心と王府に残り、諸侯もこぞって称える人であったと述べ、祭りの供物は身分ごとに定まっていて、大夫には羊を供えるのが典礼だと説く。父は私的な好みで国の定めを犯す人ではないというのが子木の論理で、父の言葉に背くことが、かえって父の生涯の姿を守ることになると考えたのである。同じ楚語上の終わりには、左史倚相がこの話を「違いて道あり」の例として引く場面がある。前章の子囊が恭王の遺命を改めたのと同じく、言葉よりも人の本分に仕えるという楚の賢臣たちの筋が通っている。私情と公の定めがぶつかったとき、立場ある人ほど公を選ぶことが、その人の名を守ることにもなる。

この章句が説くこと

国語楚語礼祭祀公私

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