国語 / 晋語九
智襄子為室美,士茁夕焉。智伯曰:「室美夫!」對曰:「美則美矣,抑臣亦有懼也。」智伯曰:「何懼?」對曰:「臣以秉筆事君。志有之曰:『高山峻原,不生草木。松柏之地,其土不肥。』今土木勝,臣懼其不安人也。」室成,三年而智氏亡。
新字:智襄子為室美,士茁夕焉。智伯曰:「室美夫!」対曰:「美則美矣,抑臣亦有懼也。」智伯曰:「何懼?」対曰:「臣以秉筆事君。志有之曰:『高山峻原,不生草木。松柏之地,其土不肥。』今土木勝,臣懼其不安人也。」室成,三年而智氏亡。
書き下し
智襄子(ちじょうし)室を為(つく)りて美なり。士茁(しさつ)夕(せき)す。智伯曰く、「室美なるかな」と。対えて曰く、「美は則ち美なり。抑(そもそ)も臣も亦懼るること有るなり」と。智伯曰く、「何をか懼る」と。対えて曰く、「臣は筆を秉(と)るを以て君に事う。志(し)に之れ有りて曰く、『高山峻原(しゅんげん)は、草木を生ぜず。松柏の地は、其の土肥えず』と。今土木勝(まさ)る。臣其の人を安んぜざるを懼るるなり」と。室成りて三年にして智氏亡ぶ。
現代語訳
智襄子(智伯瑤)が屋敷を建てたところ、見事なものだった。家臣の士茁が夕方にご機嫌うかがいに参上すると、智伯は言った。「美しい屋敷であろう。」士茁は答えた。「美しいことは美しゅうございます。ですが、私には恐ろしく思うところもございます。」智伯が「何が恐ろしいのか」と聞くと、士茁は答えた。「私は筆を執って記録する役目でお仕えしております。古い記録にこうあります。『高く険しい山や高原には、草木が生えない。松や柏が茂る土地は、土が肥えない』と。いま、この屋敷は土木の飾りが度を越しています。人を安らかにしないのではないかと恐れるのです。」屋敷ができて三年で、智氏は滅びた。
解説
この章句が説くこと
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『都鄙問答』卷之一・武士ノ道ヲ問ノ段露塵ほども我が身を顧みざるは、臣の道なり。常に手足が口に使はるると、我が身の君に事ふると、違ふことあらば、此は不忠なりと知るべし。此を法とせば、何国にて仕ふるとも、臣の道を離るることあるべからず。扨て臣は政に従ふものなり。下を使ふは、君の道を以て治むべし。古聖人の御代には、君としては万民を子の如く思し召し、民の心を以て、御心となし玉ふ。伝に云ふ、民の好む所は之を好み、民の悪む所は之を悪む、此を之れ民の父母と謂ふ。此のゆへに、聖人は世を没し玉へども、民思ひ慕ひてわすれずと云へり。此の味を知るべし。忠義の臣は名を後世に残し、天下の人これを愛す。礼に曰く、士四十にして志強く立ち、利害に奪はれず、禍福に怵れずんば、以て出で仕ふべし、と見えたり。士の道は、先づ心を知りて志を定むべし。孟子曰く、志を尚くす。
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論語・顔淵篇哀公、有若に問いて曰く、「年饑えて、用足らず。之を如何。」有若対えて曰く、「盍ぞ徹せざる。」曰く、「二すら、吾猶お足らず。之を如何ぞ其れ徹せんや。」対えて曰く、「百姓足らば、君孰と与にか足らざらん。百姓足らずんば、君孰と与にか足らん。」
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