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国語 / 晋語九

趙襄子使新稚穆子伐狄,勝左人、中人,遽人來告,襄子將食,尋飯有恐色。侍者曰:「狗之事大矣,而主之色不怡,何也?」襄子曰:「吾聞之:德不純而福祿並至,謂之幸。夫幸非福,非德不當雍,雍不為幸,吾是以懼。」

新字:趙襄子使新稚穆子伐狄,勝左人、中人,遽人来告,襄子将食,尋飯有恐色。侍者曰:「狗之事大矣,而主之色不怡,何也?」襄子曰:「吾聞之:徳不純而福禄並至,謂之幸。夫幸非福,非徳不当雍,雍不為幸,吾是以懼。」

書き下し

趙襄子(ちょうじょうし)、新稚穆子(しんちぼくし)をして狄を伐たしむ。左人・中人に勝つ。遽人(きょじん)来たり告ぐ。襄子将に食せんとし、飯を尋(とら)えて恐るる色有り。侍者曰く、「狗(く)の事大なり。而るに主の色怡(よろこ)ばざるは何ぞや」と。襄子曰く、「吾之を聞く、徳純(もっぱ)らならずして福禄並び至る、之を幸と謂う、と。夫れ幸は福に非ず。徳に非ざれば雍(よう)に当たらず。雍は幸と為さず。吾是を以て懼る」と。

現代語訳

趙襄子(趙簡子の子、趙無恤)は新稚穆子(晋の大夫、名は狗)に狄を討たせた。穆子は左人と中人という狄の二つの邑に勝ち、早馬の使者が知らせに来た。襄子はちょうど食事をとろうとして、飯を手にしたところで、恐れる顔つきになった。侍者が言った。「狗殿の手柄は大きなものです。それなのに殿のお顔が晴れないのはなぜですか。」襄子は言った。「私はこう聞いている。徳が一つに定まらないのに福禄が次々と来るのを、まぐれの幸いという、と。まぐれの幸いは本当の福ではない。徳がなければ、福禄を受けて和らぎ楽しむことには堪えられない。和らぎ楽しむことができるのは、まぐれの幸いによってではない。だから私は恐れているのだ。」

解説

晋の趙襄子が、家臣の新稚穆子に狄を討たせ、二つの邑に勝ったという知らせを受けたとき、喜ぶどころか恐れの色を見せた話である。韋昭は穆子を新稚狗とし、伐狄を春秋時代の後の事とする。襄子の言う「幸」は、徳が伴わないのに福がやって来ることで、それは福ではないという。韋昭は、徳で服させたのでなければ必ず敵を招くから福ではないと注し、「雍」を和楽と読んで、福禄を和やかに楽しめるのは徳ある者だけだとする。勝ちに見合う徳がないまま勝ちが重なれば、かえって禍いの種になるという恐れである。同じ話は『呂氏春秋』慎大にも見える。襄子はのちに晋陽で智伯の攻囲を耐え抜き、趙氏の基礎を固めた。業績が思いのほか伸びたときこそ、それを支える力が自分にあるかを問えという教えとして読める。

この章句が説くこと

国語晋語徳福慎み

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