国語 / 晋語九
鐵之戰,趙簡子曰:「鄭人擊我,吾伏弢衉血,鼓音不衰。今日之事,莫我若也。」衛莊公為右,曰:「吾九上九下,擊人盡殪。今日之事,莫我加也。」郵無正御,曰:「吾兩鞁將絕,吾能止之。今日之事,我上之次也。」駕而乘材,兩鞁皆絕。
新字:鉄之戦,趙簡子曰:「鄭人撃我,吾伏弢衉血,鼓音不衰。今日之事,莫我若也。」衛荘公為右,曰:「吾九上九下,撃人尽殪。今日之事,莫我加也。」郵無正御,曰:「吾両鞁将絶,吾能止之。今日之事,我上之次也。」駕而乗材,両鞁皆絶。
書き下し
鉄(てつ)の戦いに、趙簡子曰く、「鄭人我を撃つ。吾弢(とう)に伏して衉血(かんけつ)すれども、鼓音衰えず。今日の事、我に若く莫きなり」と。衛の荘公右と為りて曰く、「吾九たび上り九たび下り、人を撃ちて尽く殪(たお)す。今日の事、我に加うる莫きなり」と。郵無正御して曰く、「吾が両鞁(りょうひ)将に絶えんとす。吾能く之を止む。今日の事、我は上の次なり」と。駕して材(ざい)を乗(ふ)むに、両鞁皆絶ゆ。
現代語訳
鉄の戦いのあと、趙簡子が言った。「鄭の兵が私を撃ち、私は弓袋の上に突っ伏して血を吐きながらも、太鼓を打つ音を弱めなかった。今日の戦いで、私に及ぶ者はいない。」車右を務めた衛の荘公(衛の太子蒯聵、晋に亡命中)が言った。「私は九度車を降り九度車に上って戦い、撃った敵はことごとく倒した。今日の戦いで、私の上をいく者はいない。」御者を務めた郵無正が言った。「車を引く二本の革綱が今にも切れそうだったのを、私はうまく持ちこたえさせた。今日の戦いで、私は一番の次ぐらいだろう。」そのあと馬をつないで横木を乗り越えたところ、二本の革綱はどちらもぷつりと切れた。
解説
魯の哀公二年、晋の趙簡子が、范氏・中行氏を助けて食糧を送る斉・鄭の軍を鉄で迎え撃った戦いのあと、同じ車に乗った三人が手柄を誇り合った話である。『春秋左氏伝』哀公二年にもほぼ同じやりとりが載る。簡子は肩を撃たれながら太鼓を打ち続け、車右の蒯聵は九度車を上り下りして敵を倒し、御者の郵無正は切れかけた革綱を持たせた。前の二人が「我に若く莫し」「我に加うる莫し」と一番を主張したのに対し、郵無正だけは「上の次」と一歩引いた。ところが最後に、車を動かすと綱が二本とも切れ、郵無正の働きがなければ車そのものが止まっていたことが示される。目立つ働きの陰に、見えない支えの働きがあることを、一言も説教せず事実だけで語る筆である。成果を分け合うとき、最も声の小さい者の働きを見落としていないかを問う章である。
この章句が説くこと
国語晋語功謙譲趙簡子
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