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国語 / 晋語八

君曰:「欒書立吾先君,欒盈不獲罪,如何?」陽畢曰:「夫正國者,不可以暱於權,行權不可以隱於私。暱於權,則民不導;行權隱於私,則政不行。政不行,何以導民?民之不導,亦無君也,則其為暱與隱也,復害矣,且勤身。君其圖之!若愛欒盈,則明逐群賊,而以國倫數而遣之,厚箴戒圖以待之。彼若求逞志而報於君,罪孰大焉,滅之猶少。彼若不敢而遠逃,乃厚其外交而勉之,以報其德,不亦可乎?」 公許諾,盡逐群賊而使祁午及陽畢適曲沃逐欒盈,欒盈出奔楚。遂令於國人曰:「自文公以來有力於先君而子孫不立者,將授立之,得之者賞。」居三年,欒盈晝入,為賊於絳。范宣子以公入于襄公之宮,欒盈不克,出奔曲沃,遂刺欒盈,滅欒氏。是以沒平公之身無內亂也。

新字:君曰:「欒書立吾先君,欒盈不獲罪,如何?」陽畢曰:「夫正国者,不可以暱於権,行権不可以隠於私。暱於権,則民不導;行権隠於私,則政不行。政不行,何以導民?民之不導,亦無君也,則其為暱与隠也,復害矣,且勤身。君其図之!若愛欒盈,則明逐群賊,而以国倫数而遣之,厚箴戒図以待之。彼若求逞志而報於君,罪孰大焉,滅之猶少。彼若不敢而遠逃,乃厚其外交而勉之,以報其徳,不亦可乎?」 公許諾,尽逐群賊而使祁午及陽畢適曲沃逐欒盈,欒盈出奔楚。遂令於国人曰:「自文公以来有力於先君而子孫不立者,将授立之,得之者賞。」居三年,欒盈昼入,為賊於絳。范宣子以公入于襄公之宮,欒盈不克,出奔曲沃,遂刺欒盈,滅欒氏。是以没平公之身無内乱也。

書き下し

君曰く、「欒書吾が先君を立つ。欒盈(らんえい)罪を獲ず。如何」と。陽畢曰く、「夫れ国を正す者は、以て権に暱(ちか)づくべからず、権を行うは以て私に隠すべからず。権に暱づけば、則ち民導かれず。権を行いて私に隠さば、則ち政行われず。政行われずんば、何を以て民を導かん。民の導かれざるは、亦君無きなり。則ち其の暱と隠とを為すや、復(かえ)って害あり、且つ身を勤(くる)しむ。君其れ之を図れ。若し欒盈を愛せば、則ち明らかに群賊を逐いて、国の倫を以て数(せ)めて之を遣り、厚く箴戒(しんかい)して図りて以て之を待て。彼若し志を逞しくして君に報いんことを求めば、罪孰(いず)れか焉(これ)より大ならん。之を滅ぼすも猶少なし。彼若し敢えてせずして遠く逃れば、乃ち厚く其の外交をして之を勉めしめ、以て其の徳に報いん。亦可ならずや」と。 公許諾し、尽く群賊を逐いて祁午(きご)及び陽畢をして曲沃(きょくよく)に適(ゆ)きて欒盈を逐わしむ。欒盈出でて楚に奔る。遂に国人に令して曰く、「文公より以来先君に力有りて子孫立たざる者は、将に授けて之を立てんとす。之を得る者は賞せん」と。居ること三年、欒盈昼入りて、賊を絳(こう)に為す。范宣子(はんせんし)公を以て襄公の宮に入る。欒盈克たずして、出でて曲沃に奔る。遂に欒盈を刺し、欒氏を滅ぼす。是を以て平公の身を没するまで内乱無きなり。

現代語訳

平公は言った。「欒書はわが先君(悼公)を立てた人だ。それに欒盈(欒書の孫)は罪を犯していない。どうしたものか。」陽畢は言った。「国を正す者は、権勢に私情で近づいてはなりません。権を行う者は、私情で事を隠してはなりません。権勢に私情で近づけば民は導かれず、権を行いながら私情で隠せば政は行われません。政が行われなければ、どうして民を導けましょう。民が導かれないなら、君がいないのと同じです。そうなれば私情で近づき、私情で隠したことがかえって害となり、しかも君ご自身を苦しめることになります。どうかよくお考えください。もし欒盈を惜しまれるなら、賊の一党をはっきりと追放し、国の道理に照らして罪を数え上げて国外へ出し、厚く戒めを与えたうえで、備えをしてその出方を待つことです。彼がもし欲をほしいままにして君に報復しようとするなら、これより大きな罪はありません。滅ぼしてもまだ足りないほどです。もし彼がそうする勇気もなく遠くへ逃げるなら、その国の外交に手厚く働きかけて彼を励まし、欒書の功徳に報いればよいのです。それもよいではありませんか。」 平公は承諾し、賊の一党をことごとく追放し、祁午と陽畢を曲沃(欒氏の邑)に行かせて欒盈を追い出させた。欒盈は国を出て楚に逃れた。平公はそこで国人に布告した。「文公以来、先君に功がありながら子孫が取り立てられていない者は、官職を授けて取り立てる。そのような者を見つけ出した者には褒美を与える。」それから三年たって、欒盈は白昼に国都の絳に入り込み、反乱を起こした。范宣子(士匄、晋の正卿)は平公を連れて襄公の廟に立てこもった。欒盈は勝てずに国を出て曲沃に逃げたが、晋はついに欒盈を刺し殺し、欒氏を滅ぼした。こうして平公が世を去るまで、国内に乱はなかった。

解説

前章に続く後半で、欒氏を除けと説かれた平公が、欒書は先君悼公を立てた功臣であり孫の欒盈には罪がないとためらう場面から始まる。陽畢の答えは、国を正す者は権勢に私情で近づいてはならず、権を行うのに私情で隠してはならない、というものである。そのうえで、もし欒盈を惜しむなら、罪を明らかにして国外へ出し、戒めを与えて出方を待てと勧める。平公はこれに従い、欒盈は楚へ逃れたが、三年後に曲沃から絳に攻め入り、范宣子が平公を襄公の廟に守って撃退し、欒氏は滅んだ。『春秋左氏伝』襄公二十一年から二十三年にかけて、欒盈の出奔と斉の後押しによる帰還、滅亡が詳しく記されている。情と筋をどう切り分けるかに悩む長に、この章は、情を残すなら出口を用意し、筋を曲げるなら必ず害になると告げている。

この章句が説くこと

国語晋語権私欒盈

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