国語 / 晋語六
欒武子、中行獻子圍公於匠麗氏,乃召韓獻子,獻子辭曰:「弒君以求威,非吾所能為也。威行為不仁,事廢為不智,享一利亦得一惡,非所務也。昔者吾畜於趙氏,趙孟姬之讒,吾能違兵。人有言曰:『殺老牛莫之敢尸。』而況君乎?二三子不能事君,安用厥也!」中行偃欲伐之,欒書曰:「不可。其身果而辭順。順無不行,果無不徹,犯順不祥,伐果不克,夫以果戾順行,民不犯也,吾雖欲攻之,其能乎!」乃止。
新字:欒武子、中行献子囲公於匠麗氏,乃召韓献子,献子辞曰:「弒君以求威,非吾所能為也。威行為不仁,事廃為不智,享一利亦得一悪,非所務也。昔者吾畜於趙氏,趙孟姫之讒,吾能違兵。人有言曰:『殺老牛莫之敢尸。』而況君乎?二三子不能事君,安用厥也!」中行偃欲伐之,欒書曰:「不可。其身果而辞順。順無不行,果無不徹,犯順不祥,伐果不克,夫以果戻順行,民不犯也,吾雖欲攻之,其能乎!」乃止。
書き下し
欒武子・中行献子(ちゅうこうけんし)公を匠麗氏(しょうれいし)に囲み、乃ち韓献子を召す。献子辞して曰く、「君を弑して以て威を求むるは、吾が能く為す所に非ざるなり。威行わるれば不仁と為り、事廃すれば不智と為る。一利を享くるも亦た一悪を得、務むる所に非ざるなり。昔者吾趙氏に畜(やしな)わる。趙の孟姫(もうき)の讒に、吾能く兵を違(さ)けたり。人言える有り、『老牛を殺すも之を敢えて尸(つかさど)る莫し』と。而るを況んや君をや。二三子君に事うる能わず、安(いずく)んぞ厥(けつ)を用いん」と。中行偃之を伐たんと欲す。欒書曰く、「不可なり。其の身果にして辞順なり。順なれば行われざる無く、果なれば徹(とお)らざる無し。順を犯すは不祥、果を伐つは克たず。夫れ果を以て順に戻(ひき)いて行えば、民犯さざるなり。吾之を攻めんと欲すと雖も、其れ能くせんや」と。乃ち止む。
現代語訳
欒武子(欒書)と中行献子(中行偃)は、厲公を匠麗氏(寵臣の大夫の家)で囲み、韓献子(韓厥)を呼び寄せた。献子は断って言った。「君を弑して威勢を得ようとするのは、わたしにできることではない。威勢が通れば不仁となり、事が成らなければ不智となる。一つの利を得ても、一つの悪名を負う。わたしの務めることではない。かつてわたしは趙氏に養われた身だが、趙の孟姫(趙朔の妻)の讒言で趙氏が討たれたときも、わたしは兵に加わることを避けることができた。世に『老いた牛を殺すのにも、誰も進んで手を下そうとはしない』という言葉がある。まして君ではないか。あなたがたが君にうまく仕えられないからといって、どうしてこの厥を使おうとするのか。」中行偃は韓献子を討とうとしたが、欒書は言った。「いけない。あの人は身の処し方が果断で、言うことは道理にかなっている。道理にかなう者の言葉は必ず行われ、果断な者の意志は必ず通る。道理にかなう者に逆らうのは不吉であり、果断な者を討っても勝てない。果断さで道理を率いて行うのだから、民も逆らわない。わたしが攻めたいと思っても、どうしてできようか。」そこで取りやめた。
解説
この章句が説くこと
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