国語 / 晋語六
鄢之戰,郤至以韎韋之跗注,三逐楚平王卒,見王必下奔退戰。王使工尹襄問之以弓,曰:「方事之殷也,有韎韋之跗注,君子也,屬見不穀而下,無乃傷乎?」郤至甲冑而見客,免冑而聽命,曰:「君之外臣至,以寡君之靈,閒蒙甲冑,不敢當拜君命之辱,為使者故,敢三肅之。」君子曰:勇以知禮。
新字:鄢之戦,郤至以韎韋之跗注,三逐楚平王卒,見王必下奔退戦。王使工尹襄問之以弓,曰:「方事之殷也,有韎韋之跗注,君子也,属見不穀而下,無乃傷乎?」郤至甲冑而見客,免冑而聴命,曰:「君之外臣至,以寡君之霊,閒蒙甲冑,不敢当拝君命之辱,為使者故,敢三粛之。」君子曰:勇以知礼。
書き下し
鄢の戦い、郤至韎韋(ばいい)の跗注(ふちゅう)を以て、三たび楚の平王の卒を逐う。王を見れば必ず下りて奔り、退きて戦う。王工尹襄(こういんじょう)をして之を問(おく)るに弓を以てせしめて曰く、「方(まさ)に事の殷(さか)んなるや、韎韋の跗注有るは、君子なり。属(たまたま)不穀(ふこく)を見て下る、乃ち傷つくこと無からんや」と。郤至甲冑して客に見え、冑を免(ぬ)ぎて命を聴きて曰く、「君の外臣至、寡君の霊を以て、閒(まま)甲冑を蒙る。敢えて君命の辱に拝するに当たらず。使者の為の故に、敢えて三たび之に粛す」と。君子曰く、勇にして以て礼を知る、と。
現代語訳
鄢陵の戦いで、郤至は赤茶に染めたなめし革の戦袴(いくさばかま)をつけ、三度にわたって楚王(平王と記すが、実は共王)の兵を追い立てた。そのたびに楚王の姿を見ると、必ず車から降りて小走りに進み、退いてから戦った。楚王は工尹(楚の官名)の襄を遣わして、郤至に弓を贈って尋ねさせた。「戦のまさにたけなわのときに、赤茶の革の戦袴をつけたお方がおられた。立派な君子である。たまたまわたし(不穀、王の謙称)を見て車を降りられたが、お怪我はなかったか。」郤至は甲冑をつけたまま使者に会い、冑を脱いで王の言葉を聞き、こう言った。「君の外臣である至は、わが君の御威光によって、いまたまたま甲冑を身につけております。君のありがたいお言葉に拝礼をもってお応えすることはできません。使者の方のために、謹んで三たび肅拝(軍中の礼)いたします。」君子はこれを評して、勇敢でありながら礼をわきまえている、と言った。
解説
この章句が説くこと
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『春秋左氏伝』成公十六年 整と暇を好む楚の師險に薄る。叔山冉養由基に謂ひて曰く、「君命有りと雖も、國の為の故に、子必ず射よ」と。乃ち射る。再發して盡く殪す。叔山冉人を搏ちて以って役げ、車に中てて軾を折る。晉の師乃ち止む。楚の公子茷を囚ふ。欒鍼子重の旌を見て、請ひて曰く、「楚人夫の旌を子重の麾なりと謂ふ。彼は其れ子重なり。日者臣の楚に使ひするや、子重晉國の勇を問ふ。臣對へて曰く、『眾を以って整ふるを好む』と。曰く、『又何如』と。臣對へて曰く、『暇を以ってするを好む』と。今兩國戎を治むるに、行人使ひせず、整ふと謂ふ可からず。事に臨みて言を食む、暇ありと謂ふ可からず。請ふ飲を攝せしめん」と。公之を許す。行人をして榼を執り飲を承けしめ、子重に造りて曰く、「寡君使ひに乏しく、鍼をして御して矛を持たしむ。是を以って從者を犒ふを得ず。某をして飲を攝せしむ」と。子重曰く、「夫子嘗て吾と楚に言へり。必ず是の故ならん。亦た識らずや」と。受けて之を飲み、使者を免して復た鼓す。
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