武士道 / 第十一章 克己・仮現のストイック主義
勇の鍛鍊は、事に耐へて呟かざるの精神を與へ禮の教訓は、我が悲哀苦痛を露はして、他人の快樂安靜を害ふこと勿からしむるにありレこの二は相合して、人の心に生ずるにストイツラ流の克己性を以てして、遂には假現のストイツク主義を表せる一種の國民的性格を形成するに至りたり。予の之を假現のストイツク主義と謂ふものは、眞のストイツク主義の、决して一國民全般の特性を成し得べきものに非らざるを信ずるが故にして、又た我國民の態度習慣の、外人の目に映じて或は無情冷酷なるの觀を呈すべきが故なり。されど吾人とても亦た、實にこの蒼穹の下に住める、凡ての人類と共に哀樂の優しき情〓に感ずるの民なり。一理より推すに盖し我が日本人は、自然の發情を敢て制遏せんとして、却て苦痛を增加するものなるが故に、他國の人に倍蓰して纒綿多感ならずんばあらず。
新字:勇の鍛錬は、事に耐へて呟かざるの精神を与へ礼の教訓は、我が悲哀苦痛を露はして、他人の快楽安静を害ふこと勿からしむるにありレこの二は相合して、人の心に生ずるにストイツラ流の克己性を以てして、遂には仮現のストイツク主義を表せる一種の国民的性格を形成するに至りたり。予の之を仮現のストイツク主義と謂ふものは、真のストイツク主義の、決して一国民全般の特性を成し得べきものに非らざるを信ずるが故にして、又た我国民の態度習慣の、外人の目に映じて或は無情冷酷なるの観を呈すべきが故なり。されど吾人とても亦た、実にこの蒼穹の下に住める、凡ての人類と共に哀楽の優しき情〓に感ずるの民なり。一理より推すに盖し我が日本人は、自然の発情を敢て制遏せんとして、却て苦痛を增加するものなるが故に、他国の人に倍蓰して纒綿多感ならずんばあらず。
書き下し
勇の鍛錬は、事に耐へて呟かざるの精神を与へ、礼の教訓は、我が悲哀苦痛を露はして、他人の快楽安静を害ふこと勿からしむるにあり。この二は相合して、人の心に生ずるにストイック流の克己性を以てして、遂には仮現のストイック主義を表せる一種の国民的性格を形成するに至りたり。予の之を仮現のストイック主義と謂ふものは、真のストイック主義の、決して一国民全般の特性を成し得べきものに非らざるを信ずるが故にして、又た我国民の態度習慣の、外人の目に映じて或は無情冷酷なるの観を呈すべきが故なり。されど吾人とても亦た、実にこの蒼穹の下に住める、凡ての人類と共に哀楽の優しき情(緒)に感ずるの民なり。一理より推すに、けだし我が日本人は、自然の発情を敢て制遏せんとして、却て苦痛を増加するものなるが故に、他国の人に倍蓰して纏綿多感ならずんばあらず。
現代語訳
勇の鍛錬は、ものごとに耐えて不平を言わない精神を与え、礼の教えは、自分の悲しみや苦しみをあらわにして他人の楽しみや安らぎを損なわないようにさせることにある。この二つが合わさって、人の心にストア派のような克己の性質を生み、ついには見かけの上でのストア主義を表す一種の国民性を形づくるに至った。私がこれを見かけのストア主義と呼ぶのは、本当のストア主義が一国民全体の特性になることなど決してありえないと信じるからであり、また、わが国民の態度や習慣が、外国人の目には無情で冷酷なものに映るかもしれないからである。しかし、われわれもまた実に、この大空の下に住むすべての人類とともに、悲しみや喜びのやさしい情(緒)に心を動かされる民である。ある理屈から推せば、思うにわれわれ日本人は、自然に起こる感情をあえて抑えようとして、かえって苦痛を増すのであるから、他国の人の何倍も情が深く感じやすくなければならない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武士道』第四章 勇・敢爲堅忍の精神・大勇の士は沈着重厚なりされど武士道の勇に於ける観念は、ただにかくの如きに止まらず。勇の人の精神に宿るや、現はれて沈毅となり、不動となる。平静なるは勇の休息せる形にして、又た勇の平衡を得て静止せる現象なり。之に反して大胆なる行為は、其の動勢に表はれたる形なり。大勇の士は、沈着重厚なり。事に処して、其常を失はず、矢石を冒して怖れず、災危に臨んで動かず、雷霆の威に屈せず、風波の烈に驚かず、泰山前に崩るとも変ぜず、鼎釼の中にありて自から安んじ、死生の巷に立ちて自から楽めり。真の勇者は、危を踏み、死に瀕して従容詩歌を詠じ、声音筆蹟毫も平生に異ならず。人、皆之を歎称せり。けだし悠々逼らざること、かくの如きは、其心に多大の余裕あるに因らずんばあらず。
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『武士道』第四章 勇・敢爲堅忍の精神・生くべき時に生き死すべき時に死すされど生くべき時に生き、死すべき時に死するは真の勇なり』と。又た泰西の識者の、肉体の勇と道徳の勇とを区別するが如きは、我国人も亦たつとに之を為す。いやしくも士林に在る者は、小少より既に大勇と匹夫の勇とを弁知せざるものなかりしならん。剛毅、大胆、自若、勇猛の徳性は、青年武士の嚮往する所にして、彼等は実例に則り、実行に由り、世の最も尊尚する此徳を磨厲して、敢て人後に落ちざらんことを努めたり。孩提の児童と雖、なお母の懐に在りて、武功譚、英雄物語に耳を傾け、もし苦痛を哀訴することあらんか、母は『些少の苦痛に泣くは卑怯者』と呵し、継ぐに『戦場に出でて、腕を断たれなば何如。切腹を命ぜられなば何如』等の属語を以てしたり。
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『武士道』第四章 勇・敢爲堅忍の精神・義を為すは勇なり勇もし義に由らずんば、即ち徳たるに値ひせず。孔子は論語にて、其常とする、消極よりして勇の定義を下し、『義を見て為さざるは勇無きなり』と説きしが、之を積極に換言すれば、則ち『義を為すは勇なり』となる。危を求め、命を殆くし、死の口に馳する事、人の或は之を以て勇に擬するあり。武人の如きは、誤つてシェイクスピアの所謂『庶出の勇』たる、暴虎憑河、死して悔いざる者を賛すと雖、ひとり武士道は然らず、死すべからずして死するを犬死と賤めたり。水戸の義公はプラトーの名さへ耳にせざりき。されば此哲人が勇を称して、『恐るべきものと、恐るべからざるものとを弁識することなり』と云へるが如きは、固より之を学びたること無し。然るに義公は曰へり、『戦に臨んで身を捨つること難からず、田夫野人と雖、之を能くす。
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論語・公冶長篇子曰く、「道行われず、桴に乗りて海に浮かばん。我に従わん者は、其れ由か。」子路之を聞きて喜ぶ。子曰く、「由や、勇を好むこと我に過ぎたり。材を取る所無し。」
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論語・陽貨篇子路曰く、「君子は勇を尚ぶか。」子曰く、「君子は義以て上と為す。君子勇有りて義無ければ乱を為し、小人勇有りて義無ければ盗を為す。」
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『呻吟語』外篇・品藻・至勇は氣無し小勇は噭燥、巧勇は色笑、大勇は沉毅、至勇は氣無し。
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