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国語 / 晋語六

厲公將伐鄭,范文子不欲,曰:「若以吾意,諸侯皆叛,則晉可為也。唯有諸侯,故擾擾焉。凡諸侯,難之本也。得鄭憂滋長,焉用鄭!」郤至曰:「然則王者多憂乎?」文子曰:「我王者也乎哉?夫王者成其德,而遠人以其方賄歸之,故無憂。今我寡德而求王者之功,故多憂。子見無土而欲富者,樂乎哉?」

新字:厲公将伐鄭,范文子不欲,曰:「若以吾意,諸侯皆叛,則晋可為也。唯有諸侯,故擾擾焉。凡諸侯,難之本也。得鄭憂滋長,焉用鄭!」郤至曰:「然則王者多憂乎?」文子曰:「我王者也乎哉?夫王者成其徳,而遠人以其方賄帰之,故無憂。今我寡徳而求王者之功,故多憂。子見無土而欲富者,楽乎哉?」

書き下し

厲公(れいこう)将に鄭を伐たんとす。范文子欲せずして曰く、「若し吾が意を以てせば、諸侯皆叛かば、則ち晋為(おさ)む可し。唯だ諸侯有り、故に擾擾(じょうじょう)たり。凡そ諸侯は難の本なり。鄭を得ば憂い滋(ますます)長ぜん、焉(いずく)んぞ鄭を用いん」と。郤至(げきし)曰く、「然らば則ち王者は憂い多きか」と。文子曰く、「我王者ならんや。夫れ王者は其の徳を成して、遠人其の方賄(ほうわい)を以て之に帰す、故に憂い無し。今我寡徳にして王者の功を求む、故に憂い多し。子土無くして富まんと欲する者を見るに、楽しまんや」と。

現代語訳

晋の厲公が鄭を討とうとした。范文子(士燮)は気が進まず、こう言った。「わたしの考えで言えば、諸侯がみな背いてくれれば、晋は自国をきちんと治めることができる。諸侯を従えているからこそ、ごたごたが絶えないのだ。およそ諸侯というものは、災いのもとである。鄭を手に入れれば、憂いはますます増えるだろう。どうして鄭など要ろうか。」郤至が言った。「それなら、天下の王者は憂いが多いということになりますか。」文子は言った。「われらが王者であろうか。王者は自らの徳を完成させており、遠方の人々もその土地の産物を携えて帰服してくるから、憂いがないのだ。いまわが晋は徳が乏しいのに王者のような功を求めている。だから憂いが多いのだ。そなたは、土地もないのに富もうとする者を見て、その人が楽しそうだと思うか。」

解説

魯の成公十六年(前575)、楚に付いた鄭を晋の厲公が討とうとしたとき、范文子(士燮)が反対した言葉で、ここから鄢陵の戦いをめぐる范文子の一連の諫めが始まる。彼の主張は逆説的で、諸侯がみな背いてくれたほうが晋は内政に専念できる、諸侯を従えていることこそ災いのもとだ、というものである。韋昭注は、背けばそのたびに討つことになるから難の本になるのだと説き、鄭を得れば楚が必ず救いに来て憂いが増すと読む。郤至が、ならば天下を従える王者は憂いだらけかと切り返すと、文子は、王者は徳が成っているから遠方の者が自ら財物を携えて帰服する、徳の乏しい者が王者の功だけを求めるから憂いが多いのだと答える。裏付けのない拡大は、得るたびに負担を増やす。事業を広げる前に、内の徳と力が見合っているかを問えという戒めである。

この章句が説くこと

国語晋語徳王者拡大

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