国語 / 晋語五
梁山崩,以傳召伯宗,遇大車當道而覆,立而辟之,曰:「避傳。」對曰:「傳為速也,若俟吾避,則加遲矣,不如捷而行。」伯宗喜,問其居,曰:「絳人也。」伯宗曰:「何聞?」曰:「梁山崩而以傳召伯宗。」伯宗問曰:「乃將若何?」對曰:「山有朽壤而崩,將若何?夫國主山川,故川涸山崩,君為之降服、出次,乘縵、不舉,策於上帝,國三日哭,以禮焉。雖伯宗亦如是而已,其若之何?」問其名,不告;請以見,不許。伯宗及絳,以告,而從之。
新字:梁山崩,以伝召伯宗,遇大車当道而覆,立而辟之,曰:「避伝。」対曰:「伝為速也,若俟吾避,則加遅矣,不如捷而行。」伯宗喜,問其居,曰:「絳人也。」伯宗曰:「何聞?」曰:「梁山崩而以伝召伯宗。」伯宗問曰:「乃将若何?」対曰:「山有朽壤而崩,将若何?夫国主山川,故川涸山崩,君為之降服、出次,乗縵、不舉,策於上帝,国三日哭,以礼焉。雖伯宗亦如是而已,其若之何?」問其名,不告;請以見,不許。伯宗及絳,以告,而従之。
書き下し
梁山崩る。伝(てん)を以て伯宗(はくそう)を召す。大車の道に当たりて覆(くつがえ)るに遇う。立ちて之を辟(さ)けしめて曰く、「伝を避けよ」と。対えて曰く、「伝は速やかなるが為なり。若し吾が避くるを俟(ま)たば、則ち加(ますます)遅からん。捷(ちかみち)して行くに如かず」と。伯宗喜び、其の居を問う。曰く、「絳(こう)の人なり」と。伯宗曰く、「何をか聞く」と。曰く、「梁山崩れて伝を以て伯宗を召すと」と。伯宗問いて曰く、「乃ち将に若何(いかん)せんとする」と。対えて曰く、「山に朽壌有りて崩る、将に若何せん。夫れ国は山川を主(つかさど)る。故に川涸れ山崩るれば、君之が為に服を降し、次(やど)りを出で、縵(まん)に乗り、挙げず、上帝に策し、国三日哭して、以て礼す。伯宗と雖も亦た是くの如きのみ、其れ之を若何せん」と。其の名を問えども告げず、以て見(まみ)えしめんことを請えども許さず。伯宗絳に及び、以て告ぐ。而して之に従う。
現代語訳
晋の名山である梁山が崩れた。晋は駅伝の車を走らせて伯宗(晋の大夫)を都に召し出した。伯宗の一行は、道をふさいでひっくり返った大きな牛車に出くわした。伯宗は立ち上がって道をあけさせようとし、「伝車だ、よけよ」と言った。牛車の男は答えた。「伝車は急ぐためのものでしょう。わたしがよけるのを待っていたら、かえって遅くなります。脇道を抜けて行かれるに越したことはありません。」伯宗は感心して、住まいを尋ねた。男は「絳(晋の都)の者です」と答えた。伯宗は言った。「都で何か聞いたか。」男は言った。「梁山が崩れたので、伝車で伯宗さまを召し出したそうです。」伯宗は尋ねた。「では、どうしたらよいのだろうか。」男は答えた。「山に朽ちた土があって崩れたのです。どうしようもありません。そもそも国君は国の山川の主です。だから川が涸れ山が崩れたときは、君はそのために質素な服に改め、宮殿を出て郊外に宿り、飾りのない車に乗り、音楽をやめ、文書をしたためて上帝に告げ、国中が三日のあいだ哭して、神に礼を尽くすのです。伯宗さまであっても、これくらいのことしかできません。ほかにどうしようがありましょう。」伯宗は男の名を尋ねたが、男は告げなかった。君に会わせたいと頼んだが、承知しなかった。伯宗は絳に着くと、その言葉を君に告げ、君はそのとおりにした。
解説
この章句が説くこと
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論語・八佾篇子、太廟に入り、事毎に問う。或曰く、『誰か鄒人の子を礼を知ると謂うや、太廟に入りて事毎に問う。』子これを聞きて曰く、『是れ礼なり。』
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論語・八佾篇子曰く、『夏の礼、吾能く之を言う。杞は徵すに足らず。殷の礼、吾能く之を言う。宋は徵すに足らず。文献足らざる故なり。足らば、則ち吾能く之を徵せん。』
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論語・学而篇有子曰く、「礼の用は和を貴しと為す。先王の道も斯を美と為す。小大之に由れども、行われざる所有り。和を知りて和すれども、礼を以て之を節せざれば、亦行う可からざるなり。」
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論語・八佾篇孔子季氏を謂う、「八佾庭に舞わす。是れをも忍ぶ可くんば、孰れをか忍ぶ可からざらん。」
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論語・八佾篇子曰く、君に事えて礼を尽くせば、人以て諂いと為すなり。
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論語・八佾篇林放礼の本を問う。子曰く、「大なるかな問いや。礼は其の奢らんよりは、寧ろ倹せよ。喪は其の易めんよりは、寧ろ戚めよ。」
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