国語 / 晋語五
范文子暮退於朝。武子曰:「何暮也?」對曰:「有秦客廋辭於朝,大夫莫之能對也,吾知三焉。」武子怒曰:「大夫非不能也,讓父兄也。爾童子,而三掩人於朝。吾不在晉國,亡無日矣。」擊之以杖,折委笄。
新字:范文子暮退於朝。武子曰:「何暮也?」対曰:「有秦客廋辞於朝,大夫莫之能対也,吾知三焉。」武子怒曰:「大夫非不能也,譲父兄也。爾童子,而三掩人於朝。吾不在晋国,亡無日矣。」撃之以杖,折委笄。
書き下し
范文子暮に朝より退く。武子曰く、「何ぞ暮きや」と。対えて曰く、「秦の客の廋辞(そうじ)を朝にする有り。大夫之に能く対うる莫し。吾三を知れり」と。武子怒りて曰く、「大夫能わざるに非ず、父兄に譲るなり。爾童子にして、三たび人を朝に掩(おお)う。吾晋国に在らずんば、亡ぶること日無からん」と。之を撃つに杖を以てし、委笄(いけい)を折る。
現代語訳
范文子が日暮れになってから朝廷を退出した。父の武子が言った。「なぜこんなに遅くなったのか。」文子は答えた。「秦からの客が朝廷で謎かけをしたのですが、大夫たちは誰も答えられませんでした。わたしはそのうち三つが分かったのです。」武子は怒って言った。「大夫たちは答えられなかったのではない。父兄(年長の者)に譲ったのだ。お前は若輩の身でありながら、朝廷で三度も人の上に出て、その面目を覆ってしまった。わたしが晋国にいなくなれば、お前が身を滅ぼすのに日を待つまい。」そして杖で打ち、冠の簪(かんざし)を折ってしまった。
解説
晋の正卿士会(范武子)が、若い息子の燮(范文子)を杖で打った話である。秦の使者が朝廷で謎かけをし、居並ぶ大夫が誰も答えないなか、燮は三つを解いてみせた。父は激怒した。大夫たちは解けなかったのではない、年長者に花を持たせるために黙っていたのだ、それを若輩が三度も出し抜いて人の面目をつぶした、というのである。韋昭注は「掩」を覆う、つまり人の上に出てその功を覆い隠すことと読む。「吾晋国に在らずんば、亡ぶること日無からん」には、自分という後ろ盾がなくなれば、才をひけらかす者はたちまち恨みを買って滅ぶという見通しがある。燮はこの教えを深く身につけ、鞌の戦いでは功を譲ってわざと遅れて凱旋し、やがて晋を代表する慎重な重臣となった。有能な若手ほど、正解を言う前に、その場で誰が答えるべきかを考えよという教訓である。
この章句が説くこと
国語晋語謙譲父子才
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