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国語 / 晋語五

趙宣子言韓獻子於靈公,以為司馬。河曲之役,趙孟使人以其乘車干行,獻子執而戮之。眾咸曰:「韓厥必不沒矣。其主朝升之,而暮戮其車,其誰安之!」宣子召而禮之,曰:「吾聞事君者比而不黨。夫周以舉義,比也;舉以其私,黨也。夫軍事無犯,犯而不隱,義也。吾言女於君,懼女不能也。舉而不能,黨孰大焉!事君而黨,吾何以從政?吾故以是觀女。女勉之。苟從是行也。臨長晉國者,非女其誰?」皆告諸大夫曰:「二三子可以賀我矣!吾舉厥也而中,吾乃今知免於罪矣。」

新字:趙宣子言韓献子於霊公,以為司馬。河曲之役,趙孟使人以其乗車干行,献子執而戮之。衆咸曰:「韓厥必不没矣。其主朝升之,而暮戮其車,其誰安之!」宣子召而礼之,曰:「吾聞事君者比而不党。夫周以舉義,比也;舉以其私,党也。夫軍事無犯,犯而不隠,義也。吾言女於君,懼女不能也。舉而不能,党孰大焉!事君而党,吾何以従政?吾故以是観女。女勉之。苟従是行也。臨長晋国者,非女其誰?」皆告諸大夫曰:「二三子可以賀我矣!吾舉厥也而中,吾乃今知免於罪矣。」

書き下し

趙宣子(ちょうせんし)韓献子(かんけんし)を霊公に言い、以て司馬と為す。河曲(かきょく)の役、趙孟人をして其の乗車を以て行(こう)を干(おか)さしむ。献子執えて之を戮す。衆咸(みな)曰く、「韓厥(かんけつ)必ず没(お)えざらん。其の主朝(あした)に之を升(のぼ)せて、暮(ゆうべ)に其の車を戮す、其れ誰か之を安んぜん」と。宣子召して之を礼して曰く、「吾聞く、君に事うる者は比して党せずと。夫れ周(ちゅう)以て義を挙ぐるは比なり。挙ぐるに其の私を以てするは党なり。夫れ軍事は犯すこと無し、犯して隠さざるは義なり。吾女(なんじ)を君に言い、女の能わざるを懼る。挙げて能わずんば、党孰(いず)れか焉(これ)より大ならん。君に事えて党せば、吾何を以て政に従わん。吾故に是を以て女を観る。女之を勉めよ。苟(いやし)くも是に従いて行わば、晋国に臨長する者、女に非ずして其れ誰ぞ」と。皆諸大夫に告げて曰く、「二三子以て我を賀す可し。吾厥を挙げて中(あた)れり、吾乃ち今罪を免るるを知る」と。

現代語訳

趙宣子(晋の正卿趙盾)は韓献子(韓厥)を霊公に推薦し、司馬(軍法をつかさどる大夫)に就けた。河曲の戦いのとき、趙孟(趙盾)は人に命じて自分の乗車で軍列を乱させた。韓献子はその者を捕らえて斬った。人々はみな言った。「韓厥はきっと無事では終わるまい。主人が朝に取り立ててくれたのに、夕べにはその主人の車の御者を斬ったのだ。誰がこれを穏やかに見過ごすだろうか。」ところが宣子は韓厥を呼んで礼遇し、こう言った。「わたしは、君に仕える者は比して党せず、と聞いている。忠信をもって義ある者を挙げるのが比であり、私情で人を挙げるのが党である。軍中の規律は犯してはならず、犯した者を隠さずに罰するのが義である。わたしはそなたを君に推したが、そなたが務まらないのではと恐れていた。推して務まらなければ、これほど大きな党はない。君に仕えて党を組むようでは、わたしはどうして政に携われよう。だからわざとこの試みでそなたを見たのだ。これからも励め。この行いを貫くならば、いずれ晋国を統べる者は、そなたをおいてほかに誰がいようか。」そして大夫たちに広く告げた。「諸君、わたしを祝ってくれてよい。わたしが厥を挙げたのは当たっていた。これでわたしは、人を私情で挙げた罪を免れたと、今こそ分かった。」

解説

晋の執政趙盾が、自ら推した韓厥をわざと試した話である。魯の文公十二年(前615)、秦が晋を攻めた河曲の戦いで、趙盾は自分の車を軍列に割り込ませた。司馬となったばかりの韓厥は、ためらわずその御者を斬った。周囲は青ざめたが、趙盾はむしろ喜んだ。要は「比して党せず」の区別にある。韋昭注は、忠信によって人を挙げるのが比、私に阿るのが党だとする。推薦された者が恩人に遠慮して法を曲げれば、推薦そのものが党派づくりだったことになる。だから趙盾は、韓厥が自分に遠慮しないのを見て、自分の推薦が私情でなかったと確かめたのである。韓厥はこの言葉どおり、のち悼公のもとで中軍の将となり、晋の国政を執った。人を抜擢した者は、その人が自分に忖度しないかどうかを見よ。抜擢された者は、恩人に対してこそ筋を通せ。双方への教えである。

この章句が説くこと

国語晋語比党公私

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