国語 / 晋語五
陽處父如衛,反,過甯,舍於逆旅甯嬴氏。嬴謂其妻曰:「吾求君子久矣,今乃得之。」舉而從之,陽子道與之語,及山而還。其妻曰:「子得所求而不從之,何其懷也?!」曰:「吾見其貌而欲之,聞其言而惡之。夫貌,情之華也;言,貌之機也。身為情,成於中。言,身之文也。言文而發之,合而後行,離則有釁。今陽子之貌濟,其言匱,非其實也。若中不濟,而外彊之,其卒將復,中以外易矣。若內外類,而言反之,瀆其信也。夫言以昭信,奉之如機,歷時而發之,胡可瀆也!今陽子之情譓矣,以濟蓋也,且剛而主能,不本而犯,怨之所聚也。吾懼未獲其利而及其難,是故去之。」期年,乃有賈季之難,陽子死之。
新字:陽処父如衛,反,過甯,舎於逆旅甯嬴氏。嬴謂其妻曰:「吾求君子久矣,今乃得之。」舉而従之,陽子道与之語,及山而還。其妻曰:「子得所求而不従之,何其懐也?!」曰:「吾見其貌而欲之,聞其言而悪之。夫貌,情之華也;言,貌之機也。身為情,成於中。言,身之文也。言文而発之,合而後行,離則有釁。今陽子之貌済,其言匱,非其実也。若中不済,而外彊之,其卒将復,中以外易矣。若内外類,而言反之,瀆其信也。夫言以昭信,奉之如機,歴時而発之,胡可瀆也!今陽子之情譓矣,以済蓋也,且剛而主能,不本而犯,怨之所聚也。吾懼未獲其利而及其難,是故去之。」期年,乃有賈季之難,陽子死之。
書き下し
陽処父(ようしょほ)衛に如(ゆ)き、反(かえ)りて甯(ねい)を過ぎ、逆旅(げきりょ)の甯嬴氏(ねいえいし)に舎る。嬴其の妻に謂いて曰く、「吾君子を求むること久し、今乃ち之を得たり」と。挙(た)ちて之に従う。陽子道すがら之と語り、山に及びて還る。其の妻曰く、「子求むる所を得て之に従わず、何ぞ其れ懐(おも)うや」と。曰く、「吾其の貌を見て之を欲し、其の言を聞きて之を悪(にく)む。夫れ貌は情の華なり。言は貌の機なり。身は情を為し、中に成る。言は身の文なり。言文にして之を発し、合して後に行う、離るれば則ち釁(きず)有り。今陽子の貌は済(な)れども、其の言は匱(とぼ)し、其の実に非ざるなり。若し中済らずして外之を彊(し)うれば、其の卒(つい)に将に復(かえ)らんとし、中は外を以て易(かわ)らん。若し内外類(よ)くして言之に反すれば、其の信を瀆(けが)すなり。夫れ言は以て信を昭らかにす、之を奉ずること機の如く、時を歴て之を発す、胡(なん)ぞ瀆す可けんや。今陽子の情は譓(けい)なり、済すを以て蓋うなり。且つ剛にして能を主(たっと)び、本づかずして犯す、怨みの聚まる所なり。吾未だ其の利を獲ずして其の難に及ばんことを懼る、是の故に之を去る」と。期年にして、乃ち賈季(かき)の難有り、陽子之に死す。
現代語訳
陽処父(晋の太傅)が衛に使いし、帰る途中で甯(晋の邑)を通り、宿屋の甯嬴氏のもとに泊まった。嬴は妻に言った。「わしは長いあいだ君子を求めてきたが、今ようやく見つけた。」そう言って立ち上がり、陽処父に従って出て行った。陽子は道々嬴と語り合ったが、嬴は温の山まで来ると引き返してきた。妻が言った。「あなたは求めていた人に出会えたのに、従って行かなかった。どうしてそんなに思い悩んでいるのですか。」嬴は言った。「わしはあの人の容貌を見て仕えたいと思ったが、その言葉を聞いて嫌になった。そもそも容貌とは心の情が咲かせた花であり、言葉とは容貌を動かす枢機(かなめ)である。身は情の宿るところで、情は内に形づくられる。言葉はその身のあやである。あやある言葉を発し、情と容貌と言葉とが合ってはじめて事を行うのであって、それが離れれば綻びが生じる。今、陽子は容貌こそ整っているが、言葉が乏しく、中身が伴っていない。もし内が満ちていないのに外見だけを無理に取り繕えば、最後にはもとの地が出て、内と外とが食い違ってしまう。もし内と外がともに善くても言葉がそれに背けば、自らの信を汚すことになる。言葉とは信を明らかにするものであり、枢機のように慎重に扱い、時をかけてよく考えてから発するものだ。どうして汚してよかろうか。今、陽子は才気走って弁が立ち、整った外見で短所を覆っている。しかも剛直で自分の才能を鼻にかけ、仁義に根ざさずに人を犯す。これは怨みの集まるところだ。わしは、仕えてその利を得ぬうちに、その災いに巻き込まれることを恐れた。だから離れて戻ってきたのだ。」一年後、賈季の乱が起こり、陽子はそれで命を落とした。
解説
この章句が説くこと
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『呻吟語』内篇・問學・第一に信を體するを要す我は我を信じ得過ぐるも、人は未だ必ずしも我を信じ得過ぎず。故に君子は嫌を避く。若し正大光明の心を以てすること青天白日の如く、又た至誠惻怛の意を以てすること火の熱く水の寒きが如くんば、何の嫌か避く可けん。故に君子の學問は第一に信を體するを要す。只だ信じ了はらば、天下に些子の事無し。
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