国語 / 晋語四
文公問於胥臣曰:「吾欲使陽處父傅讙也而教誨之,其能善之乎?」對曰:「是在讙也。蘧蒢不可使俯,戚施不可使仰,僬僥不可使舉,侏儒不可使援,矇瞍不可使視,嚚瘖不可使言,聾聵不可使聽,童昏不可使謀。質將善而賢良贊之,則濟可俟。若有違質,教將不入,其何善之為!臣聞昔者大任娠文王不變,少溲於豕牢,而得文王不加疾焉。文王在母不憂,在傅弗勤,處師弗煩,事王不怒,孝友二虢,而惠慈二蔡,刑于大姒,比於諸弟。《詩》云:『刑于寡妻,至于兄弟,以御于家邦。』於是乎用四方之賢良。及其即位也,詢于『八虞』,而諮于『二虢』,度於閎夭而謀於南宮,諏於蔡、原而訪於辛、尹,重之以周、邵、畢、榮,億寧百神,而柔和萬民。故《詩》云:『惠于宗公,神罔時恫。』若是,則文王非專教誨之力也。」公曰:「然則教無益乎?」對曰:「胡為文,益其質。故人生而學,非學不入。」公曰:「奈夫八疾何!」對曰:「官師之所材也,戚施直鎛,蘧蒢蒙璆,侏儒扶盧,矇瞍修聲,聾聵司火。童昏、嚚瘖、僬僥,官師之所不材也,以實裔土。夫教者,因體能質而利之者也。若川然有原,以卬浦而後大。」
新字:文公問於胥臣曰:「吾欲使陽処父傅讙也而教誨之,其能善之乎?」対曰:「是在讙也。蘧蒢不可使俯,戚施不可使仰,僬僥不可使舉,侏儒不可使援,矇瞍不可使視,嚚瘖不可使言,聾聵不可使聴,童昏不可使謀。質将善而賢良賛之,則済可俟。若有違質,教将不入,其何善之為!臣聞昔者大任娠文王不変,少溲於豕牢,而得文王不加疾焉。文王在母不憂,在傅弗勤,処師弗煩,事王不怒,孝友二虢,而恵慈二蔡,刑于大姒,比於諸弟。《詩》云:『刑于寡妻,至于兄弟,以御于家邦。』於是乎用四方之賢良。及其即位也,詢于『八虞』,而諮于『二虢』,度於閎夭而謀於南宮,諏於蔡、原而訪於辛、尹,重之以周、邵、畢、栄,億寧百神,而柔和万民。故《詩》云:『恵于宗公,神罔時恫。』若是,則文王非専教誨之力也。」公曰:「然則教無益乎?」対曰:「胡為文,益其質。故人生而学,非学不入。」公曰:「奈夫八疾何!」対曰:「官師之所材也,戚施直鎛,蘧蒢蒙璆,侏儒扶盧,矇瞍修声,聾聵司火。童昏、嚚瘖、僬僥,官師之所不材也,以実裔土。夫教者,因体能質而利之者也。若川然有原,以卬浦而後大。」
書き下し
文公胥臣に問いて曰く、「吾陽処父(ようしょほ)をして讙(かん)に傅(ふ)として之を教誨せしめんと欲す、其れ能く之を善くせんか」と。対えて曰く、「是れ讙に在り。蘧蒢(きょじょ)は俯(ふ)せしむべからず、戚施(せきし)は仰がしむべからず、僬僥(しょうぎょう)は挙げしむべからず、侏儒(しゅじゅ)は援(ひ)かしむべからず、矇瞍(もうそう)は視しむべからず、嚚瘖(ぎんいん)は言わしむべからず、聾聵(ろうかい)は聴かしむべからず、童昏は謀らしむべからず。質将に善ならんとして賢良之を賛(みちび)かば、則ち済すこと俟(ま)つべし。若し違質有らば、教え将に入らざらんとす、其れ何ぞ善くすることを之為さん。臣聞く、昔者(むかし)大任(たいじん)文王を娠(はら)みて変ぜず、豕牢(しろう)に少溲(しょうそう)して、文王を得て疾(くるしみ)を加えず。文王は母に在りて憂えしめず、傅に在りて勤めしめず、師に処りて煩わしめず、王に事えて怒らしめず。二虢(にかく)に孝友にして、二蔡を恵慈し、大姒(たいじ)に刑(のっと)り、諸弟に比(した)しむ。詩に云う、『寡妻に刑り、兄弟に至り、以て家邦を御(おさ)む』と。是に於てか四方の賢良を用う。其の位に即くに及ぶや、八虞に詢(はか)りて、二虢に諮り、閎夭(こうよう)に度(はか)りて南宮に謀り、蔡・原に諏(と)いて辛・尹に訪い、之を重ぬるに周・邵・畢・栄を以てし、百神を億寧(おくねい)して、万民を柔和す。故に詩に云う、『宗公に恵(したが)い、神時(これ)恫(いた)む罔(な)し』と。是くの若くんば、則ち文王は専ら教誨の力に非ざるなり」と。公曰く、「然らば則ち教えは益無きか」と。対えて曰く、「胡(なん)ぞ文を為す、其の質を益すなり。故に人生まれて学ぶ、学ばざれば入らず」と。公曰く、「夫の八疾を奈何(いかん)せん」と。対えて曰く、「官師の材とする所なり。戚施は鎛(はく)を直(つかさど)り、蘧蒢は璆(きゅう)を蒙(いただ)き、侏儒は盧(ろ)を扶(よ)じ、矇瞍は声を修め、聾聵は火を司る。童昏・嚚瘖・僬僥は、官師の材とせざる所なり、以て裔土(えいど)を実たす。夫れ教えは、体の能質に因りて之を利する者なり。川の然して原有り、以て浦を卬(むか)えて而る後に大なるが若し」と。
現代語訳
文公が胥臣に尋ねた。「わたしは陽処父(晋の大夫)を讙(太子、のちの襄公)の守り役にして教え導かせたいと思う。讙を善い人物にできるだろうか。」胥臣は答えた。「それは讙さま次第です。体が突っ張って曲がらない者にうつむかせることはできず、背の曲がった者にあおむかせることはできず、背丈の極めて低い者に重い物を持ち上げさせることはできず、小人に高い所の物を引き寄せさせることはできず、目の見えない者に見させることはできず、口のきけない者にものを言わせることはできず、耳の聞こえない者に聞かせることはできず、愚かで道理に暗い者に謀らせることはできません。素質が善に向かおうとしていて、賢良な者がそれを導くなら、成就を待つことができます。しかし素質が邪であれば、教えは心に入りません。どうして善くすることができましょう。わたしはこう聞いております。昔、大任(文王の母)は文王を身ごもっても体調が変わらず、厠で用を足すかのようにたやすく文王を産み、苦しむことがなかった、と。文王は母の胎内にあっては母を憂えさせず、守り役についても骨を折らせず、師について学んでも手を焼かせず、王に仕えても怒らせませんでした。弟の虢仲・虢叔には孝悌を尽くし、子の二人の蔡叔には慈しみをかけ、妻の大姒には手本となり、同族の弟たちとも親しみました。詩に『まず妻に手本を示し、兄弟に及ぼし、そうして家と国を治める』とあるとおりです。こうして四方の賢良な者を用いたのです。王位に就いてからは、八虞(周の八人の賢士)に相談し、二虢に諮り、閎夭や南宮适と謀り、蔡公・原公に問い、辛甲・尹佚を訪ね、さらに周公・邵公・畢公・栄公の意見を重ねて、多くの神々を安らかにし、万民を和らげました。だから詩に『大臣に従って行ったので、神々も痛み恨むことがない』とあるのです。このように見れば、文王が優れていたのは、ひとえに教え導く力によるものではありません。」公は言った。「それでは教育には益がないのか。」胥臣は答えた。「何のために教養を身につけさせるのか。その素質を増すためです。だから人は生まれてから学ぶのです。学ばなければ道に入れません。」公は言った。「では、あの八つの障りのある者はどうするのだ。」胥臣は答えた。「それぞれ官の長が才に応じて用いるのです。背の曲がった者には鐘を打たせ、体の曲がらない者には玉の磬を頭に戴かせ、小人には矛の柄をよじ登る芸をさせ、目の見えない者には音楽を修めさせ、耳の聞こえない者には火の番をさせます。愚かな者、口のきけない者、背丈の極めて低い者は、官の長も用いることができないので、辺境の地を満たす民とします。そもそも教育とは、その人の体と素質に応じて、それを生かすものです。川に源があって、そこへ支流を迎え入れてはじめて大きくなるのと同じです。」
解説
この章句が説くこと
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